真・女神転生TRPG魔都東京200X 第1話・蘆鳳堂学園の怪
ここではテーブルトークRPG「真・女神転生TRPG魔都東京200X」の
クリフがGMでプレイしたゲームを元にしたエセ小説を公開していきます。
劇中のお話は、実際の事件、人物、設定もろもろとは関係ございません。
テーブルトークRPG「真・女神転生TRPG魔都東京200X」に関る版権はJIVEおよびATLUSにあります。
序
「―――」
私の名前を呼ぶ声に気付くと、暗く広い空間にまだ幼い私が一人でいる。 あたりを見渡しても壁も、窓も入り口も何も見つけることが出来ない。
いや、ただ一つ、古びた神棚だけが私の前方に浮かんでいる。
そして神棚が激しく光り、一条の光が私にむかって放たれる。
私の腕に激痛が走り、その痛みでいつも目を覚ますのだ…。
1
四月の中旬、東京駅に一人の少女が降り立つ。
彼女の名は柏木来栖。この春に誕生日をむかえて18歳になったばかりの少女で、目鼻立ちのはっきりとした顔立ちでなかなかの美人だ。
女の子にとっては、かなり重そうに見える大きな荷物をいくつか抱え、平然としているところを見ると何らかのスポーツをしているようだ。
「東京か、今日からココで暮らしていくのね~。
えっと、美頼ちゃんが迎えに来てくれてるはずなんだけどな。」
いかにも「東京に初めて来ました」といった風情であたりを見回していると、そこへ淡いブラウンの天然パーマ気味のロングヘアーをなびかせた少女が駆け寄ってくる。
「来栖ちゃーん」
「美頼ちゃん!」
振り向くと、抱きついてくるほどの勢いで駆けつけ、
「ようこそ東京へ、今日からうちとおんなじ学校に通うことになるんやね」
ゆったりとした関西風の語り口で挨拶をする。
「ホント不思議な感じやね、この間まではチャットで話すだけやったのに」
「本当にね。ああ、そうか今日会うのが初めましてになるんだよね、柏木来栖です、改めまして今日からよろしくね。」
美頼の勢いにやや押されながらもうれしそうに顔をほころばせる来栖。
「いややわぁ、そんな他人行儀な。でも、こちらこそはじめまして、蘆鳳堂学園高等部2年穂村美頼です、よろしくなぁ。さっそく学園のほうに案内するわ」
実はTDLは千葉にある。所在地の舞浜の名は「マイアミ」からきている。東京タワーには蝋人形館はおろか水族館まである。などと微妙かつ、簡単な東京案内をされながら、いったん東京駅から出たのにまた入りなおすのはどうよ?的に、電車に揺られ向かうは新たな学び舎。そこは小中高大学をかねそろえた私立校、蘆鳳堂学院。
その敷地の広さを示すかのような巨大な門を抜けると、目の前には象徴的な噴水が、右手には図書館と思われる重厚な建物が、左手には学園には少々似つかわしくないスパ施設が見える。一般の利用者がいるらしく、それぞれの入り口に様々な人が入っていく。
噴水の脇には一人の老人がほうきを持ち掃除をしていて、彼は美頼に気付くと声をかけてくる。
「おや、穂村の嬢ちゃん。今お帰りか?」
「うん、こんにちわ~。来栖ちゃん、この人学園の用務員の栗田さん」
「はじめまして、栗田と申します」
紹介された老人は白髪をオールバックにし、立派な白ひげを蓄えた好々爺で、ニコニコと来栖を見る。
「嬢ちゃん、この子が会長さんの言うとった…」
「そう柏木来栖ちゃん」
「ああ、始めまして柏木です」
挨拶されたのに返礼が送れたことに、少々ばつが悪そうに会釈をする来栖。
「ほうほう、よろしくのう。さて、嬢ちゃんら生徒会館に行くんじゃろ?わしも会長さんに呼ばれとるで、一緒させてもらおうかの」
掃除道具をまとめ、学園奥に行くほどに高台になっていく敷地を年を感じさせない歩きでひょこひょこと二人の前を歩いていく。むしろの美頼ほうが息が上がってる感じもある。
「美頼ちゃん大丈夫?」
日ごろ運動している来栖にとっては、荷物を抱えたままでもたいしたことも無いのだが、やや足取りが重くなってきた美頼に心配そうに声をかける。
「ごめんなぁ、長い間この学校居るけどなかなか慣れへんわ。うちって体力ないなぁ」
「ほほ、若いのにだらしないのう。さ、見えてきた、アレが生徒会館じゃ」
栗田が示した先には学校の施設とは思えない2階建ての洋館が建っていた。
一目で古い建物だと分かるが十分に手入れがされているのが分かる。
聞けば建物自体は明治時代に建てられた由緒あるもので、この学園が出来たときに移築された物らしい。
重厚な扉の奥に促されるまま入っていくと、ダンスパーティが開けるほど広いホールが広がっている。柱には彫刻がほどこされ、壁にはいくつもの絵画がかかられている。
「ほえ~」
あっけにとられている来栖に声がかけられる。
「はじめまして柏木来栖さん。ようこそ蘆鳳堂学園へ」
声の方に振り向くとそこには黒髪の背の高い美人が微笑んでいた。
2
「改めてようこそ、わが蘆鳳堂学園へ、柏木さん。」
そういってくる彼女はこの学園の高等部の生徒会長で3年生の蘆鳳堂ユウコ。蘆鳳堂の名が示すとおり彼女はこの学園の関係者、と言うか理事長の孫である。
「は、はあ」
生徒会館の一室に通されお茶をよばれている来栖だが、少々緊張した面持ちである。
それもそのはず、部屋にあるテーブルを囲っているのはユウコと美頼だけではなく、先ほどの栗田老人に加えさらに見知らぬ男子生徒が3人もいるのだから。異邦者である来栖が緊張しないはずは無い。
「あらあら~、そんなに緊張しなくて良いのよ。丁度お茶にしてたトコでね。そうね、栗田さんはもう分かると思うからはしょるけど、三白眼の子が村上君で、双子のほうが才羽兄弟。金のほうが光人で銀のほうが理人。」
「ちょっと会長、その紹介は勘弁してよ」
双子の片割れが参ったような顔を浮かべ、もう一人もやれやれといった風情で首を振る。
来栖が何のことだろうと首をかしげていると美頼が耳打ちをしてくる。
「ほらほら見てみ、二人よう似とるけど、ピアスしとるやん。アレが金のほうがお兄ちゃんの光人君で、銀のほうが弟の理人君な」
見ると確かに二人とも耳にピアスをしており、輝きが違う。とすると先ほど喋ったほうが弟の理人君か。
などと、考えているともう一人の-三白眼の少年が立ち上がって挨拶してくる。
「はじめまして、図書委員をやっている村上征樹といいます。図書館は学園内に入ってすぐ見たと思うけど、あそこの本のことなら何でも聞いてください。間違っても自分だけで探そうとしちゃ駄目だよ。一人で目的の本を探すだけで2~3時間はラクにかかるから」
そう言って朗らかに笑う。言われてみれば確かに男子にしては色白で線の細い、いかにも本の虫と言う感じの子だ。
「オレは理人。生徒会では美頼と一緒に雑用をやってる…いや、やらされてるのか、なぁ兄ちゃん?」
「2年の才羽光人です。生徒会では会計を任されてます。」
続いて双子が挨拶をしてくる。二人ともショートカットの黒髪で、確かによく似てる双子だ。喋ってないとピアス以外に見分けが付かない。きっと時々入れ替わってるに違いない。
「はい、よろしくお願いします」
緊張した面持ちで皆と挨拶を交わす来栖にやきもちを焼いたように、美頼が腕を絡めてくる。
「もう、一番よろしくするのはうちやで~。なんてったってこれから一つ屋根の下で暮すんやからなぁ」
そういって腕を抱いてくねくねしてる。
「は?」
不思議な爆弾発言をされて固まる来栖。それを見たユウコが言葉を付け足す。
「こぉら穂村、変な言い回ししないの。
柏木さん、うちの学校が基本的に全寮制って話は聞いてるわよね。で、あなたの同室の子がその子なわけ」
「なんや、うち間違うたこと言うてへんもん」
そういってより強く来栖の腕にしがみついてくる。
「は、恥ずかしいよ、美頼ちゃん。離れてよぅ」
「なんやのん、うちのこと嫌いなん」
「そ、そうじゃないけど~」
顔を赤らめ、美頼に振り回される来栖。それをあっけにとられたように見る理人と征樹。冷静に見守る光人。ニヤニヤと楽しそうに眺めるユウコと栗田。
「ほっほっほ。若いもんはええのう」
誰一人として二人を止めようとしない。むしろ楽しんで二人のやり取りをお茶請けのようにしているようである。
そこに皆の給仕を終えようやく席につこうとした少年を目ざとく見つけ、
「妹尾、紅茶おかわり~!」
ユウコが声をかける。
「ちょっと会長いい加減にしてくださいよ、まだ柏木さんに挨拶もしてないのに」
「あたしがしといてあげるから、皆にもおかわり注いだげて。」
むすっとしながらも腰を上げ、皆に紅茶を勧めていく妹尾。中肉中背の男子にしてはやや長めの黒髪で、黒ブチのメガネをかけている。
「柏木さん、この子が2年の妹尾君尋でアタシのぱしり」
「ぱしりじゃありません!副生徒会長です」
カップに紅茶を注ぎながら声を荒げる様子を見ると、本当に副会長であるらしい。が、
「事実、会長のぱしりやけどな~」
美頼が茶々を入れ、それにうんうんとうなずく理人。副会長という役職以上に会長のぱしりとして皆に浸透しているらしい。しかも皆のやり取りを見ているとその関係は結構長いもののようだ。
そこへようやく美頼から開放され、その様子にあっけにとられている来栖に妹尾が紅茶を勧めてくる。
「よろしく柏木さん。皆はああい言っているけど、生徒会の実務はほとんど僕が取り仕切っているようなもんだから、分からないことがあったらなんでも聞いてください。」
「ありがとうございます。副会長」
「あらあら、副会長なんて呼ばすに呼び捨てで良いのよ、どうせ年下なんだし」
そういってケケケ笑うユウコ。まるで魔女のようだ。当の妹尾はあきらめたように首を振るだけだ。
「あ、そうだ。会長さん」
思い出したかのように来栖が話を切り出す。
「ユウコで良いわよ、学年一緒なんだし」
「じゃあ、ユウコさん。この後ちょっと外出してきたいんですが、寮の門限とか大丈夫ですか?大おじに挨拶してきたいんですが…」
「あの大叔父さんに。なら、光人たちに街に出る用事を頼んだところだから、ついでに道案内させましょうか?まだ東京は不慣れでしょ」
「ありがとうございます。でも…」
「うちも行くっ!」
二人の会話に美頼が割り込んでくる。
「来栖ちゃんが来たら東京案内しようと前から計画ねっとったんや、こればっかりは他の人に譲れへん」
「穂村の道案内ねぇ、正直不安だわ。でも止めてもどうせついてくだろうし…。栗田さん悪いけど引率代わりについていってもらえる?」
茶菓子を貪り食っていた栗田は突然話を振られむせる。
「んがぐっく。わ、ワシが?」
「他に頼めそうな適当な人がいないの、お願い」
両手を合わせウインクしながら嘆願する生徒会長。
「しょうがないのう、ワシでよければついていくかの」
「ありがとう。寮長のほうには私から言っとくから、あんまり遅くならないようにね」
「そういってどうせ僕にやらせるんでしょ、会長」
妹尾が呆れたように口を挟む。
「あら、自分でやるつもりだったんだけど、そう言うんだったら妹尾にお願いしようかしら」
してやったりと言う笑いを浮かべるユウコに対ししまったと表情を浮かべる君尋。
「口は禍の元じゃの」
「まあ、いつものことだし」
「珍しくも無い。じゃあ、行くか理人」
「そうだな、兄ちゃん。ごちそうさま~」
「ほな、行ってくるわ」
「す、すいません副会長」
「じゃあ、後よろしく~」
口々に好き勝手なことを言って出て行く皆。
部屋には沈む副会長だけが残るのであった。
3
待ち合わせ場所を決めた後、手書きの地図を頼りに大叔父の家に向かう来栖。その胸にはいろんな思いが渦巻いていた。
大おじさんには感謝してるけど、正直他のみんなには大おじが何をしている人か知られたくない。何しろ大おじは天堂天山、関東一円を支配する極道の大親分その人なのだから。
巨大な日本家屋の、威圧的なほどに巨大な門の前にたどり着くと、背中がカラフルそうなパンチパーマにアロハシャツのお兄さんがにらみをきかせてくる。
「何じゃイ、嬢ちゃん。何か用かいのう?」
「あ、あの大おじに会いに来たんですが…」
「ああん? ここが誰のお屋敷かわかって言っとんかいのうっ?」
パンチのお兄さんは眉間にしわ寄せ血色の悪い歯茎をむき出しにし、すごんでくる。繁華街にたむろしている根性なさそうな若者なら一発で逃げ出すほどの迫力だ。
来栖がさすがにたじろいでいると、そこにブランド物であろうダークスーツを着込んだ中年男が屋敷の中から駆け出してくる。
「この馬鹿っ!!」
二人に駆け寄るや否や、パンチに蹴りを入れる。一般的に言うところのヤクザキックと言うやつだ。不意を付かれ大きくもんどりを打つパンチ。
「わ、若頭。突然なんですか」
「ナンもパンも無ぇ!このお嬢さんが誰か分かっとって口きいとるんかっ!
このお嬢さんはオヤジの姪孫さんだっ。学の無ぇお前に分かりやすく言うとオヤジ弟さんのお孫さんなんだよ!」
頭の回転が悪いのか、読み込み時間がかかるのかしばし指を立て折りさせながら考え込むパンチ。
と、十分な時間の後にようやく考えがまとまったのか、突然青ざめ
脂汗を全身から噴出す。
「し、知らぬこととは言え、すんませんでしたぁ!!」
地面をなめるほどの勢いで土下座をするパンチ。それにあわせて若頭と呼ばれた男も深々と頭を下げる。
「こいつにゃ後で詫びを入れさせますんで、なにとぞご勘弁を」
「よ、よしてくださいよ。全然気にしてませんから、もう顔を上げてください」
「お、お嬢さん…」
しゃがみこんでパンチを起こそうとする来栖に、感動したのかやや涙ぐみ顔を上げるパンチ。その視線には尊敬の念がこめられているようにも見える。
「すいません、うちの若いもんに教育が行き届いてないようで」
スーツの男も頭をあげる。来栖にとってこの男は一度会ったことがある。大おじが来たときにつれていた男だ。がっしりとした体つきにオールバックのいかにもといった感じの男で、確か名前は―。
「さ、どうぞ。オヤジがお待ちです」
思い出そうとしていると、案内の声にさえぎられ思い出しきれなかった。思い出せないものはしょうがない、とりあえずその案内に素直に従い男の後に続く来栖。
「あのさっきの人、罰とか与えないでくださいね、ホント気にしてませんから。大おじにも話したりしないで欲しいんですけど」
「お嬢はやさしい人ですね。分かりました、今回は不問と言うことにしときましょう」
「ありがとうございます」
来栖はほっとしたように胸をなでおろす。さすがにあの程度の行き違いで厳罰など施されたら、こっちの気分が悪い。が、この屋敷が厳密な縦社会である以上、あのままではかなりの罰がパンチに待ち受けていたことは、この世界に詳しくない来栖にも容易に想像できた。
立派な日本庭園に沿った廊下を延々と案内され、ようやくたどり着いた部屋にその老人はいた。真白な髪の毛に枯れ木のような手足で体つきはいかにも老人といった風情だが、その目はぎらぎらと活力にあふれ、そのせいか体中から想像もできないほどの威圧感を感じる。
彼が天堂天山、来栖の大おじに当たる男だ。
「おう、来栖、よう来たのう」
来栖が東京に―、蘆鳳堂学園に来たのは他でもない、この大おじにかかわりがあるのだ。
母は自分が幼いころに死に、父がこの度多大な借金を抱えたまま他界。本来なら暮らしていた家、道場ともども借金のかたに取られるところだったのが、この大おじが肩代わりしてくれたのだ。
その代わりに条件が出された。
社会人になった後、少しずつで良いので必ず返済すること。
それまでは自分の目の届く場所、蘆鳳堂学園に通うこと。
この二点だ。
それまでほとんど会った事の無い大おじがこういった申し出をしてくるのはかなり不思議に思ったが、そのときの来栖には選択肢は無かった。
こうして来栖は住みなれた実家を離れ、東京に来ることになったのだ。
「どうかの、学校のほうは。うまくやっていけそうか?」
来栖が大おじと会った日を思い出していると、天山が切り出す。
「あそこの理事長とは馴染みでの、ま、少々頼みを聞いてもらったんじゃが」
「ええ、知り合いもいるんで何とかなりそうです」
「そうか、そりゃ良かった。いろんなことがこれからあるじゃろうが、しっかり学業に励むがええ」
何か意味深なまなざしで来栖を見詰める天山だが、来栖にはその真意が掴みきれなかった。いくつもの質問が口から出そうになったが、まともな答えを返してもらえるとも思わず、その問いが口から出ることは無かった。
4
それぞれの用事をこなすため別行動をとった征樹と栗田が、用事を済ませ一休みとオープンカフェでお茶などをすすっている。
制服を着た少年と中華風の服を着た白髭の老人と言う組み合わせで、お互い血が繋がっているようにも見えない風貌なので、正直妙な組み合わせの二人なのだが、道行く人々は他人に対する無関心性をフルに発揮し、特に気にした様子も無い。
「しかし、引率を頼まれたわしが別行動でお茶なんかしとってええんかの」
なかなかお茶目なことに彼が今すすっているのは抹茶ラテである。
「しょうがないんじゃないですか、柏木さんが一人で行きたいっていったんですから」
征樹は意に介した様子も無く、手にした本から視線を離さずにエスプレッソを口に運ぶ。
「おや、こんなところで奇遇だね、村上クン」
名前を呼ばれ、振り返るとそこには青いスーツに身を包んだ金髪の男性がゆったりとイスに座り、コーヒーを楽しんでいた。
「ルイ・サイファー…」
「おやおや、そんな他人行儀な。もっと親しみを込めてルイって呼んでくれたまえ。栗田さんも久しぶりですね」
征樹はやや警戒した面持ちで青年を見る。
知り合ったのがいつのころか忘れてしまったが、気がつくと征樹の行く先々で見かけるようになった、得体の知れない人物だ。
会うたびにいつも予言じみたことを言い、また実際そのようになることも多いのだが、いかんせん厄介な出来事を予言していくから困り者である。
「まあ、そう緊張しないで。とって喰おうと言うわけでもないんだから。でもちょうど良かったよ、村上クン。君にあげようと思っていたものがあってね」
そういって内ポケットからお守りほどの紫色の小さな袋を取り出し、征樹の手に落す。
「これは?」
「お守り…みたいなものだよ。肌身離さず持っていたまえ、いざと言うときに役に立つはずだ。ああ、決して中を見てはいけないよ、こういったものの約束事だからね」
そういって微笑むが、征樹の背中には冷たい物が走る。まるで悪魔に微笑まれたかのように。
征樹の反応を楽しむようにルイが続ける。
「ピンチに陥ったときに『声』に耳を傾けるといい。きっと新たな道が開けるはずだ。じゃあ栗田さん、彼のことよろしく頼むよ」
栗田はと言うと、このどう見ても年下の金髪の男に対して畏敬の念を抱いているようである。まるでどう抗っても勝てない相手を見ているかのようだ。
「じゃあ、学園生活をエンジョイしたまえ」
二人がその『お守り』に気を取られている間にルイの姿は見えなくなっている。まさに神出鬼没といえる消えっぷりだ。
「エンジョイね…」
征樹はお守りを握り締めながらも、いやな予感がしてたまらなかった。
5
「もう、何でうちがこんな公園で時間つぶしとかなあかんねん」
そういって口を尖らせる少女は言うまでも無く、穂村美頼である。
「ほんとやったら、今頃来栖ちゃんと二人で東京案内しとったのに、何であんたら二人と一緒にこんなトコに居るねん」
「しょうがないだろ、彼女が一人で大叔父さんに会いに行くといったんだから」
「そうだな、彼女には彼女なりの事情があるんだろう」
延々と文句をたれる少女を双子があやす。
「まあ、こちらの用事が予想以上に早く終わってしまったのもあるが」
そういって光人は理人の抱える荷物をちらりと見る。
「何なんだろうな、この包み。結構重いんだけど」
「退屈やし、開けて見たらアカンかな」
「見ても構わんが、当然全責任は穂村に負ってもらうからな。後で会長にどんな目に合わされるか。」
興味なさそうに冷淡に言い放つ光人。
その言葉にびくりと身を縮める二人。おそらく見てしまったときの会長の反応やその後に待ち受けるであろう数々のお仕置きと言う名の対応を思い浮かべているに違いない。
「そ、そうやな、人の物勝手に見たらアカンな」
と、その時、風も吹いてないのにあたりの木々がざわめきだす。緑地化計画で鬱蒼とした公園の木々がより濃くなり通りの雑踏が遠のき、人の気配があたりから無くなる。
「あ、この感じは…」
目を輝かし辺りを見回す美頼。幼いころ過ごした場所を思い出す。
穂村美頼、彼女は少々特殊な幼少時代をすごしている。
小さな妖精-ピクシーに出会い、彼女の招きに応じるままに妖精郷に遊びに行き、そこで数時間過ごした。それはとても楽しい時間だった。
しかし、そのあと家に帰ってみると大騒ぎになっていた。妖精郷で過ごしている間に、こちらでは数日間が立っていた。
幼い彼女が突然居なくなったため、誘拐か神隠しかと大騒ぎになっていたのだ。マァ、実際神隠しだったのだが。
美頼が本当のことを話しても誰も信じてもらえず、そのうち話すのを止めた。
それからも美頼は何度も妖精郷に遊びに行っては、周りを心配させているのだが、当の本人は気にした様子も無い。
鬱蒼とした森林のなかのちょっとした広場のように、あたりの様子が一変したと思うと、森の中から蛍の光のような物が近づいてくる。いや、もっと大きな光だ。よくよく見てみると、それはトンボのような羽を生やした小さな少女の姿をしており、未来の姿を見つけると声をかけてきた。
「あれ、美頼ちゃんじゃん。こんなトコで何してるの?」
「それがな~、公園で時間つぶしとったら突然つながってな」
「ふ~ん、そうなんだ。ところでそっちのお兄ーさんたちは?」
「うちの友達でな、金のほうが兄の光人で銀が弟の理人言うんよ」
『その紹介はよせ』
兄弟そろって同じツッコミを同じタイミング、左右反転した動作で美頼に入れる。双子によくあるステレオサウンドで臨場感たっぷりだ。
「あはははは~、面白~い。ここまでそっくりな双子さんも久しぶりだし~」
そういって二人の間を飛び回っている。二人のピアスを見比べたり引っ張ったりして、やがてそれにも飽きたのか
「そうだ、お近づきの挨拶にこれ、あげるね」
そういって、その小さな体の何所に持っていたのか、メダルのような物を出して理人に渡してくる。
「困ったときにこれ使ってね、きっとおにーさんの力になるから」
突然、小さな妖精が渡してきたメダルは不思議な文字が刻まれていて、鈍く銀色に光って理人の手に収まる。
「あ、ありがとう」
理人が戸惑いながら礼を言うと、美頼がふてくされたように茶々を入れてくる。
「あー、ええな。うちには何にもくれへんの?」
「美頼ちゃんには何度もいろんな物あげてるじゃん」
「えー、そんなこと言わんと…」
「ソウゾウシイナ」
美頼が駄々をこねていると森の奥から声がし、一頭の白馬が現れる。いや、馬ではないその額からは一本の鋭い角が天に向かい生えている。
「あ、ユニコーン。ごめんね~今友達が来てて」
ピクシーが取り繕うようにユニコーンの周りを飛ぶが、彼は意に介した様子も無く美頼に近づきじっと瞳を見つめ、ゆっくりと口を開く。
「精霊ニ守護サレタ少女ヨ、残念ダガオ前ニ何カヲ与エルコトコトハデキヌ。ダガ、オ前ノ近クノ者ニ守ルチカラヲ貸シ与エルコトハデキル」
そういって光人の前に進み出る。
「少年ヨ、清キ心ヲ持ツ汝ニチカラヲ貸シ与エヨウ、汝ガ望ム時ニ我ガチカラヲ使エルヨウニ」
そういうと光人の目の前にアメジストのネックレスが現れる。
「これは…」
「我トノ契約ノ証ダ。肌身離サズ持ッテオケ」
光人がそのネックレスを手に取ると、胸の奥に熱く力強い物が満たされるのを感じた。が、それは光人にとって決して心地よい物ではなかった。それほど敬虔でないとは言え、キリスト教系のメシア教の教徒である自分の思想とは違う力。それを喜ぶことは出来なかった。
キリスト教は唯一神とその使徒、認められた救世主、聖人以外の超越した力を持つものは悪魔として考えられる。いくら聖なるオーラをまとっていても、目の前の角を持つ馬はキリスト教にとっては悪魔でしかないのだ。当然メシア教でもその考えは受け継がれている。
「礼は言えないけど…」
「気ニスルナ、ナニモオ前ノタメニ与エタチカラデハナイ、ソノ少女ノタメダ」
そういわれても、光人は複雑な表情しか浮かべることしか出来ない。そこに口を尖らせながら美頼が率直な感想を出す。
「もう、そんな喜ばん人にあげんでも、うちにくれたらええのにぃ」
「まあまあ、美頼ちゃん。次に来たときにおいしい物用意しとくから~」
なだめるようにピクシーが美頼の周りを飛び回る。
「でも、そろそろ帰らないと遅くなっちゃうよ?」
妖精郷の時間の流れは速い。油断をしていると現世ではちょっとした騒ぎになる。
「じゃあ、そろそろおいとまするか」
「え~、でも」
ぶうたれる美頼を才羽兄弟が引きずっていく。それを見送りながらピクシーがささやく。
「珍しいよね、男の子にユニコーンの力を使わせようなんて。」
「ピクシーヨ、オ前モ感ジテイヨウ。コレカラアノ少女タチガ大キナ運命ノ分カレ道ニ進ムコトヲ…」
「うん。美頼ちゃんだけじゃどうしようも無いってことは分かるんだけど」
「少シデモアノ少女ニ良イ道ヲ選ブチカラニナレバ良イノダガ…」
そういって彼らは森の奥に消えていった。
6
ロザリオ :で、その社で妙に胴の長いワンコと仲良くなったんだって。
スティーブン:なるほど、東京には開発に取り残された場所が
数多く残っていると言う話しだからね。
野良犬などがそういうところに住み着いているのは珍しくないね。
新しく越してきた寮に戻ってきた来栖はしばらくぶりに、チャットに興じていた。
話題は今は席を外している美頼の話。何でも帰りの途中で不思議な犬と仲良くなったと言う話だ。
相手の人物はスティーブンと名乗るプログラマーらしい。パソコンを始めてすぐに知り合った人物で、それ以来パソコンやネットに関るいろんなことを教えてもらってたいそうお世話になっている。
そんな相手とたあいの無い会話をしていると、気がつけば結構な時間がすぎてきた。
「美頼ちゃん遅いな、生徒会の用事があるって言って出て行ったけどどうしたのかな」
そんな風に思っていると、
スティーブン:さて、夜も遅いようだし今日はここまでにしようか、
学業がんばりたまえ。お休み。
と、スティーブンがログオフする。
来栖としても初めて越してきた場所に加え、街中をずいぶんとうろついたので、彼とのチャットを終えると一気に疲れと睡魔が襲ってきた。
いつも寝る時間よりは若干早いが、明日から新しい学校生活が始まる。それに備えて今日は早めに寝る事にし、初めて入り込むベットにもぐりこんだ。
「…来栖、来栖よ」
そこは真っ暗な道場で、私は一人でたたずんでいた。
暗いがなんとなく自分の視点が低いことから、ああ私の小さいころかと漠然と思う。
そういえば小さいころ父に黙って道場に入って、怒られた事があったっけ。
うちの道場は変わっていて日中でも使ってないときは完全に雨戸を閉め切っていて、父に決して入ってはいけないと言いつけられてたなぁ。
そのころはそんな道場がちょっぴり怖くて、どうして締め切っているのか、締め切っているときに中がどうなっているか、知りたくてしょうがなかった。
それで父の外出中に黙って忍び込んだっけ。
「…来栖、来栖よ」
さっきから私を呼ぶ声がする。その声のほうを見ると真っ暗な中に神棚が浮かんでいる。その神棚はぼんやりと明滅を繰り返し、それにあわせて声が聞こえてくる。
なんだろうと、近づき手を伸ばした瞬間、神棚から一条の光がほとばしり、私の腕を打ち抜く。その激痛に私が倒れ、叫び声をあげていると
「我が名を呼べ、我が主よ。危機が迫っている―」
そんな声が―
激痛と自らの叫び声に目を覚ました来栖は、自分の右手首の古傷がうずいているのに気がつく。
今見た夢のようなことが、本当にあったことかよく覚えてないが、いつのころか怪我をし、その傷が今も痣となって残っている。
その痣が、今となってこんなに痛みを放つとは思いもしなかったが、疲れているからだろうか。
時計を見ると午前2時を回っていた。
今の声で未来を起こしてしまったかと思い、恥ずかしい思いをしながら彼女のベットを覗き込んでみると、彼女の姿が無い。いや、それどころか部屋に戻ってきた様子が無い。
「こんな時間なのにまだ戻ってきてないなんて、何かあったのかな」
心配になった来栖が生徒会にまで様子を見に行こうと思い、部屋を出た瞬間、四月とは思えない寒気がし、右手の痣が激しく痛み出す。
その痛みに耐え切れずその場に来栖がうずくまると、突然部屋のドアが鈍い音を立てて閉まり、廊下の風景が音を立てて変わり出す。
壁や床がまるで急激に劣化していくように、鉄骨むき出しのコンクリートの打ちっぱなしになり、ドアなどの金属も赤茶色に次々とさびていき、ところどころに張られていたポスターもあっという間に灰のように崩れ去っていく。
天井のむき出しの電灯は切れかけたように明滅を繰り返し、あたりを薄暗く映し出す。
「な、なんなの!?」
慌てて来栖が自室のドアを開けようとするが、溶接されたかのようにびくともしない。
突然の出来事にわけも分からず恐怖に押しつぶされそうになる来栖の耳に、廊下の向こうで激しく何かがぶつかり合う音がするのが届く。
「だ、誰かいるの…?」
物音に人がいる可能性を信じ、恐怖に震えながらもそちらに向かう。スリッパを履いている足にはざらついたコンクリートの感触が伝わり、あたりには廃屋のような臭いが漂う。そして物音に近づくたびに右手の痣の痛みが強くなる。
足を進めるたびに物音は大きくなり、確実に近づいているのは感じるのだが妙にふわふわして、異様なあたりの様子ともあいまってかなり現実味が薄い。
だんだんとはっきり聞こえてきた物音は物がぶつかり合うだけではなく、誰かが激しく喧嘩しているような音に聞こえてきた。しかも争っているのは一人二人ではないようだ。
そんなことを思い来栖が廊下を曲がったその場に、さらに異様な状況が待ち受けていた。
そこで繰り広げられていた戦いは、女の顔と胸を持った巨大な青い犬を相手に村上征樹が火の玉を飛ばし、才羽兄弟が槍や銃を手に戦い、さらには小人や森の木をイメージさせる緑色のロングヘアーの美女が彼らをサポートしている。
そんな漫画やゲームの世界でしか見ることの無い戦いだったのだ。
7
異形のモノの戦い、しかもその中に自分の見知った顔がいくつかある。そんな異常な光景に来栖の精神は限界を迎えそうになっていた。逃げることも忘れ、ただただその不思議な世界に見入っていた。いや、魅入られているかのようでもある。
そんな来栖を女の顔をした青い犬―男を誘惑し精を吸うという夢魔、エンプーサが目ざとく見つける。
「おやおや、こんなところに迷い込んで来る者がまだいたとはねぇ」
いかにもおいしそうなご馳走がやってきたと言う風情で、舌なめずりをする。
その声で初めて来栖の存在に気がついた、緑色の髪をした美女が驚いたように声を上げる。
「来栖ちゃん!?なしてここに!?」
その声は来栖にとって聞き覚えのある声だった。聞き覚えのある声にわずかに正気を取り戻す来栖だが、
「そ、その声…美頼ちゃん? え、どういうこと!?」
見慣れた姿は見えずにパニックは繰り返される。
緑色の髪をした少女―それは、悪魔ドリアードの力と姿を借りた穂村美頼である。
彼女の力、それは契約した悪魔の姿を己が身に顕現できるアウトサイダーの能力なのだ。幼いころから妖精郷で過ごしていた未来は妖精ドリアードと契約を結び、自分の力として行使できる。
「くそっ、どうしてこんなところに柏木さんが? ええい、火炎よ、敵を撃て!アギっ!」
魔術師としての修行を積んだ村上征樹が火炎魔法を放つ。が、エンプーサが苦手とする火炎だが、集中力を欠いたのか目標には届かない。
「さっきから五月蝿い魔術師め、死ね。ブフ!」
エンプーサから、火炎魔法を得意とする征樹にむかって氷結魔法が解き放たれる。その力は局所的な吹雪を巻き起こし、征樹の体を凍てつかせる。
「ぐっ」
大きく吹き飛ばされ、彼の体は青白く凍りつき廊下に倒れこむ。
「征樹っ!」
光人が駆け寄り、癒しの魔法ディアを施す。メシア教徒として敬虔な彼は、神から癒しの力を分け与えられた存在だ。が、征樹の体からは命の息吹は感じられない。
「どうなんじゃ、助かるか?」
そこへ駆け寄ってきた小人、ブラウニーがジジイ言葉で問いかけるが、光人は力なく首を振るだけだった。
「さてと今度こそこのお嬢ちゃんをおいしく戴きましょうか。凍らして頭からシャリシャリと」
今度こそ、エンプーサの獲物は来栖に絞られたようだ。
「来栖ちゃん!」
美頼が駆け寄ろうとするが、もともと後方で支援をしていた彼女の位置からは到底間に合いそうに無い。
「ブフ!」
エンプーサから先ほど以上の大きな吹雪が巻き起こり、来栖に襲い掛かる。
「危ないッ!」
エンプーサに対して果敢に槍で接近攻撃をしていた理人が、済んでのところで彼女をかばいに入る。だが、無常にも巨大な吹雪は理人もろとも美頼を飲み込む。
「理人っ!」
吹雪に包み込まれた弟に対して思わず声を放つ光人だが、弟から返事は無い。
「くっくっく。思いかけず生きの良い男の子も氷付けにできるなんて、今宵はついてるわ。軟らかい女の子のお肉もおいしいけど、男の子の程よく引き締まったお肉のほうが歯ごたえがあって、より…」
良い食材を目の前にし歓喜で震えるエンプーサの声が止まる。
自分の放った吹雪の中に、普段は見られない輝きを見つけたのだ。その光はだんだん大きくなり、まばゆい閃光となって吹雪を弾き飛ばす。
皆の目を射る光が収まったとき、そこには先ほどまで持っていなかった盾を構えた理人が無傷で立っていた。当然背後にいた来栖にも魔法の効果は及んでいない。
光り輝くその盾は、昼間出合ったピクシーが与えてくれたメダルを、そのまま大きくしたようなデザインをしていた。
「ピクシーが守ってくれた…?」
そう気付いたとき自分の体の中に新たな力が沸き起こるのを感じる。ケルト神話の神々の一つ、ダナーンの神々の力を宿す魔法騎士、ダナーンの騎士としての力を。
「ば、バカな、こんな小僧がそこまでの力を!?」
突然の出来事に思わずひるむエンプーサ。その間隙を付き、背後に火炎が襲い掛かる。
「ぐぁっ!」
背中を焼かれ、激しく倒れこんだエンプーサが見たものは、先ほど凍て殺したはずの少年の姿だった。
8
真っ暗闇の中で声がした。
征樹は凍て付いた体の徐々に失われていく感覚の中でそう感じた。
「…チカラガホシイカ」
妙にしゃがれた、調子はずれな声だ。もし仮に虫が喋れたらこういった声になるんじゃないかとぼんやりと考えていた。
「チカラガホシイカ、オマエノテキヲタオスチカラガ」
人は死ぬ間際に走馬灯を見ると言うけれど、そうじゃないんだな。
そんなことをのんきに考えていると「声」はしつこく聞いてくる。
「オマエハ、シンリニモタドリツケズ、ココデハテテ、マンゾクトイウノカ」
五月蝿いな、満足なはずが無いじゃないか。僕はまだ真理の入り口にもたどりついていない。だけどもう僕の体は動かないんだ。
「オマエノカラダヲヨコセ、ソウスレバチカラヲアタエテヤロウ」
…どうせ動かない体だ、欲しかったらやるよ。ただし真理にたどりつくための僕自身の人格は渡せない。
「ヨカロウ、コレヨリオマエノカラダハ、オレノ”ス”ダ。スヲマモルチカラヲカシテヤロウ」
その声がすると、突然体の一部が熱を帯びる。ルイにもらったお守りを入れていた胸ポケットの辺りだ。と、胸を食いちぎるような激痛が走ったかと思うと、何かがその中に入ってうごめきだす。その蠢きが鼓動とシンクロするように変化しそれと同時に全身に筆舌に尽くしがたい激痛が走る。まるでDNAが書き換えられ、それにあわせて全身が変質していくようだ。
「――――――――」
声にならない絶叫をあげ、意識がホワイトアウトする。
次に征樹の視界に入ったものは背中を焼け焦がせて倒れこみ、こちらを睨むエンプーサとそれに向けて掲げられた自分の腕だった。
いや、それが自分の腕なのか一瞬分からなかった。その腕は妙に青白く、稲妻を思わせる刺青が手の甲から腕にかけて大きく入っている。自分の腕はそんな腕ではなかったはずだ。が、動かそうと思うとその腕は自分の思うように動く。
ふと足元を見ると光人と栗田が驚いたように口をあけ、へたり込んでいる。
「ま、征樹か」
二人が驚くのも当然である。死んだと思われた征樹が突然起き上がって、アギを放った上に、彼の姿は大きく変質していたのだ。
肌は青白く人間離れした色味になり、全身に稲妻を思わせる形状の、黒い刺青のような痣がくまなく走っている。
征樹本人としては体中に今まで感じたことが無いほどの気力、体力の充実を感じていた。
「これならやれる。理人、フォローするから行けっ!」
「わかった!」
飛び出す理人にあわせて、征樹が魔力を高める。
突然の状況に体勢を崩したエンプーサに火炎魔法が襲い掛かり、その身を焦がす。
「おのれっ!」
何とか征樹のアギをしのいだエンプーサが、反撃とばかりに魔力を高めだした時には、理人が懐に飛び込んでいた。
「とどめだっ!」
理人の槍が不意をつかれたエンプーサの急所を容赦なく貫く。
「バ、バカな…」
急所を打たれたエンプーサはもはやこの世界に体を保つことは出来ず、紫色の霧のようなものを体から撒き散らし、消え去っていく。
「来栖ちゃん!」
美頼がドリアードから穂村美頼本人の姿に戻りながら、しゃがみこんだ来栖に駆け寄る。
「美頼ちゃん、ど、どういうことなの?」
突然の状況に呆けていた来栖は、友人の姿を確認し若干落ち着きを取り戻したように見える。
そこへ皆が集まってくる。美頼はどうした物かと彼らの顔を見るが、一様にして困ったような表情を浮かべている。
「このままほっとくわけにも、いかんじゃろう。ちゃんと事情を話したほうが良いんじゃないかの」
いつもの白髪の老人の姿をとった栗田が年長者として意見を述べる。そう、栗田は美頼たちとは比べ物にならないほどの時間を生きている。人家に住み着き住人が寝静まった夜にのみ姿をあらわし、代わりに仕事をすると言う小人、地霊ブラウニーが彼の本当の姿なのだ。縁有って、人間の姿をとり蘆鳳堂学園の用務員をしているのだ。
皆の目に促され意を決したように美頼が口を開く。
「ええか来栖ちゃん、落ち着いて聞いてや。実は世間一般では知られてへんけど、天使や悪魔、妖怪は実在しとるんよ。めんどくさいからひっくるめて”悪魔”とよんどるんやけど、悪魔たちが起こす怪事件を”悪魔事件”よんどるの。うちらはこの学園内で起きた悪魔事件を解決するという役職なんよ。」
突然の爆弾発言に来栖は驚きを隠せずに愕然としている。
「うちはちゃんとした人間やけど、妖精ドリアードの力を借りてあの姿に変身しとるの。栗田さんはほんまもんの悪魔やけど悪い悪魔や無いから安心して。でー」
そこで征樹のほうを振り向き率直に聞く。
「なんで征樹んはそんなんなっとるん?」
征樹自身は美頼や栗田と違って人間の姿に戻らず、青白い肌の悪魔じみた姿のままだ。彼は少々腹を立てたように口を開く。
「知らないよ、むしろこっちのほうが聞きたいくらいだよ。おそらくはルイ・サイファーにもらったお守りのせいだとは思うけどね」
はじけ飛んだ彼の衣服の中からは、ルイ・サイファーがよこしたお守りは無くなっていた。現状で彼は上半身裸なので、普段であれば女性陣としては少々気まずい状況ではあるのだが、悪魔によって異界化したこの寮の中では特に気にする者はいないようだ。
「それで、今この寮は悪魔に占拠されかかっとって、こんな不思議な状況になっとるの。うちらはそれを解決しようとここに来て悪魔と闘っとたんよ。」
美頼が話を戻し説明を続ける。
しかし、当の来栖といえばある程度落ち着きは取り戻したものの、美頼の説明が進むほどぼんやりとした様子になっていく。
「ああ、そうかこれは夢なんだね、美頼ちゃん。だったら美頼ちゃんが大人っぽく変身するのも、栗田さんが小人になるのも、村上君が刺青入れてはっちゃけるのも無理は無いよね」
どうやら、来栖の頭ではオーバーフローをおこし、一連の出来事を「夢」として認識し理性を保つと言う保護策をとることで落ち着いたようだ。
「いや、夢や無いんよ、来栖ちゃん」
「よしたほうが良い。夢で済むなら明日の朝には元の生活に戻れるんだ、そのほうが良いだろう」
光人が美頼を止める。チームの中で収拾が取れなくなったときまとめるのは、いつも彼の役回りだ。概ね引っ掻き回すのは理人と美頼なのだが。
「急ごう。ぐずぐずしていると異界化が進む」
「だけど、柏木さんをここにほっとくわけにもいかないだろ」
「そうだな、またどんな悪魔が来るかわからないしな。美頼、頼めるか」
「うん、まかしといて。来栖ちゃんいっしょに行こうな~」
来栖の手をとり促す。彼女は割りと従順に従っているようだ。
「行こう」
理人が先頭に立ち、より瘴気の濃くなる廊下の奥へと進んでいく。
瘴気渦巻くソコに待ち受けるものはいかなるものか。
9
異界化のために、普段とは大きく構造が変わってしまった女子寮の中を6人(?)は警戒しながら進む、より瘴気の濃いほうへと。
一連の出来ことを夢だと思い込む方向でおちついた来栖は、空手部で鍛えた技をもって、率先して襲い掛かってくる悪魔を打ち倒していく。
当然それは美頼らのフォローがあっての事なのだが、夢だと浮かれている来栖は気づく様子もない。
ちなみに足元は、彼女がはいていたスリッパではなく、人修羅と化した際にはじけ飛び、ぼろ布になった征樹の制服を靴代わりに巻きつけている。この異界化した廊下で空手の技を使うには、裸足のうえにスリッパでは少々分が悪い。
「よぉし、さくさくいくぞぉ!ボスはどこだぁ!?」
「ちょっと来栖ちゃん、あんまり大声上げんといて、雑魚が寄ってくるやん」
「いいじゃん、経験値稼ぎで。ん~、ところでレベルって上がるの?」
もうほとんどゲーム感覚である。そんな来栖を先頭にT字路に差し掛かったとき、その脇道から突然廊下の幅いっぱいほどの巨大な塊が飛び出し、異界化した女子寮全体を揺るがすほどの衝撃と轟音を巻き起こし、その塊は壁に激突する。
すんでのところでかわした理人と来栖が恐る恐るその塊を覗き込むと、巨大な何かがムチのようにしなり二人をなぎ払う。
「ブルオォォォァアア!」
奇妙な雄叫びとともに壁から這い出してきたそれは、茶色く長い毛に覆われた肉の棍棒を思わせるようなずんぐりとした体に二本の短い足、そして象のような、いや長い毛が隙間無く生えているので、マンモスのような長い鼻を生やした悪魔、ノヅチであった。
先ほど二人をなぎ払ったムチのような物は、この鼻であろう。どこか頭か、それ以前にどらが前か解りにくい体の前後を示す非常に効果的な鼻だ。
「お前が女子寮を異界化したのか」
来栖をかばうように理人が前に出て、ノヅチに問いかける。
「ソウダ、ココ、トテモイゴコチイイ」
「ここは俺たち人間が住んでる建物なんだ、悪いけど出て行ってもらえないか?」
「ココ、オレサマノナワバリッ! オマエラ、ナワバリアラス、ワルイヤツ!オレサマ、オマエマルカジリッ!!」
光人がしごく真っ当な事を諭すように言うが、逆にそれが癇に障ったのかノヅチはいきり立ち光人達に襲い掛かってくる。
ノヅチが大きく息を吸い込むと、鼻から紫色の霧をは激し吹き付けてくる。
ノヅチに近かった理人ら3人は懐に入ることでブレスの難を逃れたが、不意をつかれ、避けるまもなくその霧を浴びてしまった征樹、光人、美頼はとっさに口を押さえるが、大きく咳き込みだす。
3人は大きな脱力感に襲われ、体力が失われていくのを感じた。ノヅチの吐いた霧にはどうやら毒が含まれていたようだ。
「兄ちゃん!」
あわてて駆け寄ろうとする理人にノヅチの巨大な鼻が襲い掛かり、彼は大きく弾き飛ばされる。
「このっ!」
来栖の腰を入れた正拳がノヅチの胴に入るが、分厚い脂肪に阻まれて思うほど効いてない様だ。
栗田は3人の毒を何とかしようと駆け寄るが、生憎と彼らの持ち物に毒を直す薬は無く、彼にできるのはわずかばかりの回復魔法で時間を稼ぐだけである。
毒に体を蝕まれ、死の淵をさまよいだした美頼の脳裏に妖精郷で過ごした日々が駆け巡る。
ピクシーがいろんなことを教えてくれたなぁ。
おいしい蜜が取れる花や、甘い木の実のとり方、それに森の中で困ったときに色々役に立つことを。
そういえば、毒消しの作り方を教わってたような…。
そのことを思い出したとき、美頼の体に新たな力が沸き起こる。いやその力はもともと彼女の中に備わっていた力だ。ただ美頼はその力に気付かず過ごしていただけで、命の危機に陥った今その力の施し方に気がついたのだ、そう森の癒し手、白き魔女ウィッカの力を。
「二人ともしっかりし!」
治癒の力を手にした美頼がさっそく征樹、光人に解毒を試みる。その効果は最たるもので二人の体から見る間に毒が抜けていく。
「すまない」
毒の抜けた光人が立ち上がり、体力の落ちた仲間に順番に回復魔法を施していく。回復から手を話すことが出来た栗田は皆に援護魔法を放ち、征樹は新たに得た電撃魔法ジオでノズチを撃つ。
いつものコンビネーションが復活した一同に、調子を取り戻した理人もノズチの振るう鼻に苦戦しながらも、的確なダメージを与えていく。
そして来栖は、
「今度こそっ!」
「グオッ?」
幾度、正拳をノズチに叩き込んだか、ようやく手ごたえの感じる一撃を打ち込むことが出来た。が、その一撃は帰ってノズチを怒らせただけのようだった。
「サッキカラ、ヒリキナニンゲンノクセニ、チョロチョロト!」
それまで、来栖に対してたいした攻撃を仕掛けてこなかったノズチだが、その大きな体を彼女に向け、激しく迫る。
ムチのようにしなる鼻を来栖の腹に叩き込む。虚をつかれた来栖は避けることも出来ず、大きく鈍い音と共に壁に叩きつけられる。
「がはっ」
来栖の口から鮮血がこぼれる。先ほどの一撃で骨が折れ内臓に傷でも入ったのか、力なく床にへたり込む。拳を廊下に叩き込み何とか立ち上がろうとするが、さらに多くの血を吐き出し膝から崩れ落ちてしまう。
「ブルオォォォ!」
その傷ついた来栖にとどめを刺すように、ノズチは棍棒のような一撃を、無防備にうつぶせに震える来栖に振り下ろす。
「来栖ちゃんっ!」
美頼の悲痛な叫び声が異界化した廊下に響き、それをかき消すような巨大な打撃音が響き渡る。
10
「…来栖、来栖よ」
そこは真っ暗な道場で、私は一人でたたずんでいた。
またこの夢か…。
来栖はおぼろげな意識でそう思っていた。それと同時に右手のあざがうずきだすのを感じていた。
「…来栖、来栖よ」
声のするほうに目を向けるとそれはいつもと違った様子だった。いつもはおぼろげな光としか感じられなかった声の主が、今回は発揮とした姿で認識できる。
それは大きく長い胴をもった光り輝く白い犬であった。
「退魔の力、我を使役する力を受け継ぐ娘よ、目覚めのときは来た。」
その声は犬の口から発される物ではなく、直接頭に聞こえてくるように感じた。その声に呼応するように、腕の痛みも激しくなっていく。
「目覚めって、どういうこと。一体何が起こっているの?」
「今、この魔都東京に危機が迫っている。我が主よ、目覚めのときだ、我が名を呼べ。」
問いかける来栖に淡々とその声は返してくる。
「我が名を呼べば、危機に立ち向かえる力が目覚める。我が主よ、急げ。もはや時間は長く残されていない」
「名前ってどういうこと、あなたに初めて会うし、あなたの名前なんか知らないわ」
何が起こっているのかわからないと言った風情で、痛みを増したあざを押さえながら来栖が声を荒げる。
「知らないのではない、我が名は主の中にある。主に覚悟があるなら見つけ出せるはずだ」
そう言うと、あたりの様子が変わる。周りの風景は学園の異界化した廊下の様子となり、血を流し、倒れた自分が光を映さない瞳を虚空に向けている。自分だけではない。あらぬ方向に首を曲げた理人、体の半分をつぶされ壁に張り点けられた征樹、全身から血を噴出し血の海に沈んでいる光人、あのちぎれて転がっている小さな足は栗田のものであろうか、そして美頼の首が―。
「いやぁぁぁっ!」
来栖が目を覆いへたり込む。
「これは主が力に目覚めぬまま、ここで力尽きると言う可能性の世界」
「そ、そんな」
また、あたりの様子が変わる。こんどは光り輝く白い犬の姿がおぼろげになり、風景も砂絵を崩すかのように、かすれていく。
「今度は何?」
「もはや最後のときだ。全ての景色が消える前に我が名を見つけねば、先ほどの可能性の世界が現実となる。我が主よ、力を持つことを覚悟せよ、危機に立ち向かうことを覚悟せよ。さすれば主の中に我が名は見つかる!」
崩れ去る景色の中に様々な世界が写しだざれる。
色々な思いが来栖の中を駆け巡る。幼かった日々のこと、優しかった両親のこと、部活にいそしんだ中学時代、天山の大叔父のこと、知り合ったばかりの新しい友人たち、そして美頼の顔を思い出す。
ゆっくりと、だがしっかりとした様子で来栖が立ち上がる。その目には確かな意思が宿っていた。ゆっくりと右手を上げ、拳を作り上げる。そして、大きくその拳を掲げ、叫ぶ。
「イヌガミ、我が声に答えよ!吼えよ、狼々手甲!!」
その声に呼応するように、イヌガミは吠え、光となり来栖の右手に集まリ形を成していく。そして、来栖の意識は光に包まれる―。
「来栖ちゃんっ!」
美頼の悲痛な叫び声が異界化した廊下に響き、それをかき消すような巨大な打撃音が響き渡り、まぶしい閃光があたりを覆いつくす。
光が収まったとき美頼たちが目にしたのは、白銀に紅いラインの入った狼を思わせる形状の篭手を身に付け、ノヅチの一撃を受け止めている来栖の姿だった。
「来栖ちゃん!?」
「ごめん、美頼ちゃん心配かけたね、ようやく目が覚めたよ」
「その篭手はいったい…?」
「私の力。皆と同じように私にも悪魔に立ち向かえる力が眠ってたみたい」
狼々手甲、狼を神格化したといわれるイヌガミをその内に秘めた、銀色の篭手は来栖に破壊と守りの力を与える物で、彼女が望めば瞬時にその腕を包む魔法の篭手である。
「ブルォォォ、ニンゲン、ソンナモノ、ドコカラダシタ!?」
突然現れた篭手に、いや渾身の一撃が人間ごときに止められたことに動揺したのか、ノズチがわずかに隙を見せる。
「せぃっ!」
その隙に重心深く、ひねり強く、来栖の正拳が叩き込まれる。
新たに手に入れた手甲の力か、はたまた新たな力に目覚めたことで身体能力が上がったためか、先ほどまでの正拳とはタイミング、スピード、威力ともに桁違いのものになり、ノズチを大きくよろめかす。
そのよろめいた巨体に雷撃がほとばしる。タイミングを見計らっていた征樹が放ったそのイカズチは、ノズチの神経を焼き焦がし一時的なショック状態を引き起こす。
その隙に理人は呼吸を整え大きく気をため、槍を構えなおす。
消耗してきた皆の体力を光人、美頼が癒し、さらに栗田が防御の魔法を重ねかける。
ノズチがショック状態から開放されたとき、勝負はすでに決していた。
「真撃!ヤマオロシ!!」
十分に気をためた理人が気合を解き放ち、渾身の一撃をノズチにたたきこむ。
槍で胴を大きくうがたれたノズチが体勢を立て直そうとしたそのときには、来栖が懐に飛び込んでいた。
「狼々拳!!」
拳に狼々手甲の力を乗せたその一撃は、ノズチの急所を的確に打ち抜き致命傷を与えていた。
魔力の乗った狼々拳は束の間の幻を見せる。ノズチが幸せそうに身を震わす。それははるか大昔、人間の手も入らずのどかだった、かっての住みかの山野を思い出してのことかもしれない。
ノズチの巨体が辺りを揺るがし崩れ落ちる。
ノズチの支配から解き放たれた女子寮は荒廃した廃墟の姿から、次第にもとの生活風景に戻っていく。それと同時にノズチの体も霧のように消えていくのだ。それを不思議そうに来栖が見つめている。
「悪魔の体はマグネタイトで出来ていて、それは悪魔の意思による拘束力が無くなると揮発していくんだよ」
征樹が簡単に説明をする。悪魔はこの世界で実態を保つため、生体マグネタイトを必要とし、マグネタイトを得るために生き物を襲い、効率よく体を維持するために異界を作り出すと。
「しかし、来栖ちゃんまでうちらと同じような力を持っとったとはなぁ」
そういって美頼が来栖の篭手をまじまじと見ていると、狼々手甲はかき消すように姿を消し、来栖の腕に後に残るは狼の頭部を思わす痣のみであった。
「イヌガミは必要なときに力を貸してくれるって言ってる」
「へぇ、不思議なモンやなぁ」
確かに平時からあのような篭手を身に付けていては、日常生活に支障が出る。 必要なときに手甲を呼び出せる、それが来栖が手に入れた新たなる力なのだろう。
「さて行くか」
皆の怪我を癒していた光人が立ち上がり促す、
「僕らの報告を待ってる人がいるからな」
11
生徒会館では夜も遅いと言うのに、生徒会長が来栖たちを待っていた。
テーブルには入れたばかりの紅茶が、来栖を含めた人数分置かれており、このタイミングで美頼たちが来栖を連れ戻ってくることが分かっていたかのようだ。
「おつかれさま、みんな」
「会長、どうゆうことやの? まるで来栖ちゃんも一緒に来ることが分かってたみたいやん」
美頼が全てお見通しといった風情のユウコに詰め寄る。ユウコとしては美頼がいくら凄んだところで、意に介した様子も無く、優雅に紅茶を楽しんでいる。
「紅茶、冷めると美味しくないわよ?」
「会長、説明してくれませんか?」
ごうを煮やしたように、征樹が詰め寄る。さすがにユウコもこれには驚いたようで、
「村上君、ずいぶんと激しいイメチェンしたのね」
「会長!」
いくらでもはぐらかしてくる生徒会長に光人らも声を荒げる。
「もう、女の秘密をあまり知りたがる物じゃないわよ。でも、柏木さんにはいくつか教えてあげないとね、どうせココに来るまでに簡単な説明しか聞かされてないでしょ」
改めて席に促された皆はここでようやくテーブルについた。皆がある程度落ち着いたのを見計らって、ユウコがようやく話し出す。
「この学園は生徒数が多いこともあって、いろんな念が集まりやすいの。その念を頼りに、生徒たちを狙った悪魔がやってくるの。それらが起こす悪魔事件を解決するためにいるのが、美頼たち『蘆鳳堂退魔執行部』なの。まあ、ここにいる人たちだけじゃないんだけどね」
そこまで聞いて来栖が恐る恐る手を上げる。
「そんな危険なこと、どうして学園の生徒にやらせるんですか? 実際、私も死にそうな目にあったし。外部に頼むとかしないんですか」
「そうね、その点に関してはいろんな意見があるんだけど、第1に出来る限り生徒に被害を出さないために、迅速に解決することが必要だと言うこと。第2に学園内と言う特殊な環境のため、外部の人間が入ると何かあったと一般生徒に不要な危惧をさせることを避けるため。と言うのが主な理由ね、細かく挙げていけばきりが無いんだけど。」
生徒会長の話をいつの間にか席についていた妹尾が補足する。
この学園内にはある程度の結界は張ってあるが、それをすり抜けてくる悪魔はどうしてもいて、何の力も持たない一般生徒に出来る限り守るため、才羽兄弟や美頼、征樹のような特別な力を持った生徒、栗田のような人間に対して協力的な悪魔の有志により退魔執行部は成り立っていると言うことらしい。
「さて、柏木さん」
改めて生徒会長が姿勢をただし、真正面から来栖の瞳を見つめる。
「あなたにお願いがあります。転校早々こんなことに巻き込んで本当に悪いとは思ってます。そんな事件がこの学園では常日頃起こっていて、何の力も無い生徒が悪魔の手にかかりそうになることも少なくない。そんな事件から生徒を守るため柏木さん、あなたのその力を貸して欲しいの。
退魔執行部に協力してもらえないかしら」
「来栖ちゃん」
美頼が不安そうに名を呼び、征樹、栗田、村上兄弟もじっと来栖を見詰める。
しばしの静寂の後、考えていた来栖がようやく口を開く。
「会長、自分がこの学園に来て、美頼ちゃんたちと出会いこの力に目覚めたのも何かの運命かと思います。私でよかったら退魔執行部に協力させてもらいます」
その決意の言葉を聴いたユウコの表情が緊張から解き放たれる。
「ありがとう柏木さん、そしてようこそ、蘆鳳堂生徒会退魔執行部へ」
同じように新たな学友、いや、仲間たちから歓迎の言葉で迎えられる。
「これでいつでも一緒やなぁ」
「これからもよろしく」
「前線の人が増えてうれしいです」
「いっしょにがんばろう」
「コンゴトモ ヨロシク と言うべきかのワシとしては」
新たな仲間たちの歓迎に熱い物を感じ、来栖は深々と頭を下げる。
「はい、こちらこそよろしく!」
硬い契りを結ぶ新たな退魔執行部員をほほえましく見ていた生徒会長が、ゆっくりと席を立ち手を鳴らす。
「はい、と言うことで今日は解散。退魔執行部だからといって学生の本分である学業をおろそかにすることは駄目よ。普段は生徒会の一員として他の生徒の見本となってもらう必要があるから、当然遅刻は認めません」
「えぇ~!?」
妹尾を含め、栗田を除く6人の絶叫が生徒会館にこだまする。
時計は4時を回ろうとしていた。
こうして来栖の新学校生活の衝撃的な第一日は、幕を閉じるのだった。
第1話・蘆鳳堂学園の怪 終わり。
第2話 魅惑の転校生へ続く。
キャラクターイメージ
柏木来栖(かしわぎ くるす) | 穂村美頼(ほむら みらい) | 栗田(くりた) |
---|---|---|
四月の中旬と言う不思議な時期に蘆鳳堂学園に転校して来た少女。高校3年生 | 来栖の友人の少女。わりと不思議系。高校2年 | 蘆鳳堂学園の住み込みの管理員。拳法の達人と言うわけではない。 |
村上征樹(むらかみ まさき) | 才羽光人(さいば らいと) | 才羽理人(さいば りひと) |
本の虫な図書委員。高校二年。 この度、人間辞めました。 | 理人の双子の兄。一般名金の人。弟と違い冷静。高校二年 | 光人の双子弟。一般名銀の人。結構熱血漢。高校二年 |
蘆鳳堂ユウコ (あしほうどう ユウコ) |
妹尾君尋(せのお きみひろ) | なうぷりんてぃんぐ |
なうぷりんてぃんぐ | ||
蘆鳳堂学園高等部生徒会長。結構自己中。現在3年生 | 蘆鳳堂学園高等部副生徒会長。かなりぱしり。高校二年 | なうぷりんてぃんぐ |