繰府庵 感想一言の間マンガ編

真・女神転生TRPG魔都東京200X 第2話・魅惑の転校生

降魔異録

ここではテーブルトークRPG「真・女神転生TRPG魔都東京200X」の
クリフがGMでプレイしたゲームを元にしたエセ小説を公開していきます。
劇中のお話は、実際の事件、人物、設定もろもろとは関係ございません。
テーブルトークRPG「真・女神転生TRPG魔都東京200X」に関る版権はJIVEおよびATLUSにあります。

序 村上征樹の場合

 蘆鳳堂学園の校門に入ってすぐに目に入る巨大な図書館。
 一介の学園が保持する図書施設としては、異様なほどの蔵書を持つその図書館は、一般にも広く門を開き、近隣の住民の重要な知識の泉となっている。
 村上征樹はそこの図書委員をしている。いや、図書委員はついでと言ったほうが正しいであろう。元来この建物自体は図書館ですらないのだから。
 紫の司書の人、そう呼ばれるこの図書館司書の老人は征樹の師であり、悪魔合体を生業とする邪教の館の主。現代に生きる魔術師なのだ。征樹は彼に教えを請い、魔術師として日々研鑽を重ねているのだ。
 図書館は地下にある邪教の館の施設のカモフラージュと、膨大な彼の蔵書を収める書庫としての役割が主なのだ。当然、数多くの魔道書が非公開図書として所蔵してあり、日夜彼らの研鑽に使用されていることは想像にかたくない。

 深夜、図書館地下にある、数多くの禍々しい置物や古びた本、不思議なアクセサリーの類が収められた重厚な部屋で、この館の主である魔術師が歴史を感じさせる巨大な机に置いた新たに手に入れた魔道書に目を通していると、激しくドアを開き駆け込んでくる物音がする。
 このような時間に、この図書館の最奥にある彼の自室まで駆け込んでくる人間は彼の弟子以外にありえない。そのことをよく知っている主としては特に気にする様子も無くページをめくる。
 「師匠!大変なんです!」
 研鑽も礼儀も足らない不肖の弟子が飛び込んでくる。それでも特に本から目を上げる様子も無く本を読み進める。若者が驚くような出来事であろうとも、齢数百年を数える彼としてはたいしたことでも無いのだ。
 「どうした、悪魔がまた不思議な事件でも起こしたか?」
征樹があわてた様子で駆け込んでくるときは概ねそういったことだ。頭を上げずにいつもどおりの語りかけをする。
 だが今回はいつもと違った征樹はかなり苛立ったように彼の机を激しく叩く。
 「いいからこっち向いてください!」
これにはさすがに頭を上げた主は、自分が一つ間違いをしていたことに気がつく。駆け込んできたのは人間ではなかった。
 その少年の肌は妙に青白く髪は逆立ち、稲妻を思わせる刺青のようなあざのような物が全身に走っている。何より人間と違う最大の要因はうなじに大きな角のようなとげが生えていることだった。
 「おぬし…、征樹か?」
 興味深そうにメガネをかけなおしながらまじまじと見る。そのメガネの奥の目は新しいおもちゃを見つけた子供のように輝いている。これほどの好奇心を駆られたのは、何十年ぶりであろうか。
 「そうですよ、征樹です。エンプーサに氷結魔法でひどい攻撃を受けたと思ったら、目を覚ましたときにはこんな有様ですよ」
 征樹が事情を話し出す。ルイ・サイファーにお守りをもらったこと、体がこんな風に変わったときにはそのお守りが消えて、力がわきあがってきたことを。
 話を聞きながら彼の師匠は征樹の体を色々と調べ始める。それは医者が患者を診るように丁寧に、そして細かくメモを取りながら。
 一通りの診察、というか調査と言うかが終わったときには空が明るく成りだしていた。多くの書物をひっくり返した結果が老魔術師から告げられる。
 「征樹、おぬしは人修羅と言うものに変質しておるようじゃな。わしも実物を見るのは初めてじゃし、文献でもほとんど語られておらぬゆえ、憶測にすぎぬが。
人とも悪魔とも言える者らしいが、半魔や魔人とも違う者。何でもマガタマといわれる物を体内に取り込んだ者がなるようじゃ。おそらくはそのルイ・サイファーと言う男がよこしたお守りがそれじゃったんじゃろうな」
 「…マガタマ」

 やはり、あの男に関るとろくなことにならない。改めて征樹はそう思った。金髪の青年が喜んで笑っている姿が思い浮かぶ。
 「新たなマガタマを宿すたびに新たな力を手に入れるじゃろうが…。」
 老魔術師はそこでいったん言葉を切り、征樹を見据え覚悟を促す。
 「征樹、心して聞け。マガタマは力を与えるが、その身が二度と人の姿に戻る事はあるまい。」
 非情ともいえる宣告に彼は計り知れない衝撃を受ける。しばらくの静寂のうち征樹がゆっくりと口を開く。
 「偶然とは言え、自分で選択した結果です、後悔はしません。この力が真実へと近づく術だと思いますから」
 その目には真理に到達するために全てを捨てると言う覚悟と情熱、そして一抹の狂気がみえる。
 「そうか、その覚悟があるならもはや何も言うまい。そのままでは困るじゃろう、本来は悪魔用のものじゃがお前にも使えるじゃろう」
 それは人間に変身する効果を持ったネックレスであった。師匠の心配りに暖かい思いを抱く征樹だが、それを感じる人の心がいつまで残るだろう、それは征樹自身にも分からない。

事件以前 1



 来栖が転校してきて1週間ほどたち、彼女がクラスにも若干なれたある日の朝、彼女が登校して来ると、教室内は騒然としていた。
 今日は随分と騒がしいな、などと思いながら教室の一番後ろの窓際にある自分の席につくと、一人の少女が話しかけてくる。
 「ねえねえ、柏木さん。今日また転校生が来るんだって」
 肩ほどで髪を切りそろえカチューシャと眼鏡をした小柄な彼女は、来栖の前の席に座る田中恵だ。彼女は来栖が転校してきて以来色々世話を焼いてくれる。
 「転校生?この間、私が入ってきたばっかりなのに、また?」
 「ん~、まあこの学校、私立のせいもあって結構簡単に転校生受け入れるみたいなんだけど、同じクラスに続けてってのは珍しいかな」

 世の中には様々な事情で転校をせざるを得ない者もすくなくない。蘆鳳堂はそういった者に広く門をひらいた校風で有名なようだ。
 「で、また女の子みたいよ」
 「ふうん、どおりで男子たちが騒がしいわけだ」
 「柏木さんが来たときもこんな感じだったけどね」

 恵の話によると来栖が転校してきた初日のホームルーム直前もこんな感じだったらしい。その時は前日、生徒会室に挨拶に行った途中にこのクラスの男子に写メを撮られていたらしく、「結構可愛いじゃん」と評判だったようだ。
 来栖も女の子、そんな風に評価されるとさすがに悪い気はしないものだった。
 今回の転入生は男子的に言わせれば残念なことに、クラス内での目撃者がおらず、情報はかなり限られているようだ。
 やがて予鈴がなり、担任が入ってくるとクラスの男子の期待と緊張がよりいっそう高まる。
 紅のジャージに真っ白いTシャツ、足は素足に雪駄履きの筋肉質、いやマッチョといえるレベルの肉体な担任は、見た目どおりの熱血漢で、意外なほどに男女問わず生徒に人気がある30歳。名を熱傑龍馬、日本史教諭にして生徒指導顧問だ。
 「あー、すでに知っている者もいるようだが、本日新たなクラスメートを迎えることになった。大島、入って来い」
 龍馬にうながされ、教室に入ってきた生徒は、腰ほどもあるプラチナブロンドの髪を見事にカールさせ、モデルのような長身に十代とは思えないほどのメリハリのきいた体つきで制服を押し上げた、ほりの深い日本人離れした顔立ちの美女、いや、まだ学生であることを考えれば美少女と言ったほうが正しいのであろうが彼女の魅力にはそれを許さない物がある、そんな女性だった。
 大島と呼ばれた彼女はゆっくりと教室内を見渡し、芙蓉の花のような微笑を浮かべ口を開く。
 「初めまして皆さん、ロート:大島と言います。今まではカルフォルニアにいたのですが、家族の仕事の都合でこちらに引っ越してまいりました。ハイスクールの最後の一年と言うことで、短い間ですがよろしくお願いします。」
 そのよく通る美しい声による挨拶に男子生徒たちのボルテージは一気に最高潮に高まる。あちこちで「ヨロシクしたーい」「オレモオレモ」などと声が上がる。
 女子生徒たちの反応は様々で、彼女の容姿に見入る者、嫉妬する者、彼女を見た男子の反応に辟易する者と多種多様で、来栖としては「ハーフの帰国子女が転校してくるなんて、やっぱ東京はちがうなぁ」などとおのぼりさん的な反応をのん気にするだけだ。
 そんなカオスな教室を見渡しつつ、龍馬が
 「大島の席はそうだな、目も悪くないと言うことだし、一番後ろで大丈夫だな。じゃ、あの空いてる席を使ってくれ」
 とうながす。落胆のため息がクラスのあちこちで起きるが、空いてる机のことを考えればどこに転校生が座ることになるかは、彼女が来る前から解りきっていることだが、あきらめきれないと言うのが男の悲しいサガである。
 ゆっくりとした足取りで通り過ぎる。自然とクラス中の視線がロートへとそして、彼女の席となる机と、その隣に座る来栖に集まる。
 「初めましてロート:大島です。よろしくお願いしますね」
 「ああ、柏木来栖です。自分も転校してばかりなんでわからない事があったら聞いてねってワケにもいかないけど、ヨロシク」
 「よかったらロートと呼んでね、柏木さん」

 微笑みながらロートが手を差し出してくる。
握り返しながら、来栖は彼女が結構きつめの香水をつけているのに気がついたが、その方面に疎い来栖にとってはそれがどんな名前の香水か判らなかった。そんな来栖を意味深な微笑を浮かべながらロートは見つめている。

事件以前 2

 才羽理人のクラスは騒然としていた。
 クラスに新しく女の子が転校してくると言うことで、男子たちは色めき立ち、まだ見ぬ転校生が座るべき空席をどこに作るかで、男子たちがもめにもめて今にも乱闘騒ぎになりそうな勢いなのだ。
それもそのはず、クラスの情報通の仕入れてきた先行情報では、何でも帰国子女のハーフの女の子らしい。きっとナイスバディの女子に違いないと、誰とも無く言い出し、それに伴い転校生を座らせる机の争奪戦が繰り広げられているのだ。
 争奪戦の手法は平和にヴァイオレンスな椅子取りゲーム、潜水艦ゲーム総当り戦、くじ引き、腕相撲などと色々ヒートアップする意見がでたものの、結局はじゃんけん勝負1対1のトーナメント戦、優勝したものが好きな位置に転校生の座るべき空席を作ることができると言うことになったのだ。
言わずもがな、男子は全員参加、女子も多くの者が現在のお気に入りの席を確保、もしくは新たな新天地を手に入れんがために、己が拳に全てをかける!
 いや、拳だけではない。相手の手を読み、また自らが望むべく手を出させるべく繰り広げられる権謀算術、トリック、心理操作とありとあらゆる能力がこのじゃんけんにこめられていた。
 そして今、ついに二人にまで絞られた優勝候補。かたや、クラスのご意見番ながり勉委員長こと宮本孝子。一方、生徒会の雑用係とは世を忍ぶ仮の姿、その実態は退魔執行部所属才羽理人。二人はそれぞれの思いを込めにらみ合う。
 「才羽君、あなたに勝ちは譲れないわ、私の大事な黒板の見やすいベストポジションを」
 「委員長、安心してよ。オレが勝ったら委員長の席はそのままにしとくからさ」
 「え、」
 「ジャンケン、ポン!!」

 理人の提案により一瞬気が緩んだ隙を突き、声を発する理人。つられて手を出してしまう委員長が出したのはチョキ。理人が出したのは…、
 グーである。
 「おおおおおおおおおおおおっ!!」
 教室内は大きくどよめく。予想では権謀算術を得意とする委員長のほうが有利であったが、その委員長の虚を捉え隙をつく作戦を取った理人がこの大いなる1戦を制覇したのだ。
 理人の勝利により新たな席順が決められ、とはいっても理人の隣に空席が用意されただけなのだが、もともとその席にいたものは僻地へと追いやられることになった。
 「おい、先生来たぞ!」
 早々に敗退した見張りの生徒が教師が近づくのを察知し、あわてて席につく一同。少し遅れて担任が入ってくる。
 「今日新たにクラスメイトを迎えることになりました。転校生の大島君です」
 担任の呼びかけにより入ってきた女子は、背中に届くくすんだ金髪をお下げにしビン底メガネをかけた、小柄なぱっとしない女の子だった。当然、男子の落胆振りはなかなかの物である。…この年頃の学生に「女性を見た目で判断するのはイケナイコトデスヨ?」と言っても無理も無いことだろう。
 「あ、あの大島フランです。よ、よろしくお願いします。」
 フランと名乗ったおどおどとした様子で挨拶をする。注目を浴びるのが嫌なのか、おびえた様子にも見える。
 「じゃ、大島にはあの空いてる席を使ってもらうか」
 当然担任の示した席は理人が勝ち取った空席である。走馬灯のように激戦の様子が脳裏に浮かび、未確認情報に踊らされた自分が情けなくなってくる。
 ビターンッ!
 と、自責の念に駆られていると突然の大きな音に現実に引き戻される。
理人が見るといつの間にか転校生の姿が見えなくなっている。
 「いててて」
 不思議なことに足元から声が聞こえる。見ると転校生が派手に転び、ノートなどをばら撒いている。跳ね起きるとあわてて化粧ポーチなどをかき集めだす。
 「大丈夫かい?」
 理人も、ノートなどを拾いまとめて渡してやる。なんだかんだといって隣人とは仲良くすべきだ。
 「あ、ありがとうございます。」
 「オレ、才羽理人。よろしく」
 「お、大島フランです。よろしくお願いします。」

 顔を赤らめつつあわてた様子で、席につく。授業が始まってもチラチラと理人の様子を伺っているようだ…。

事件以前 3

 「―と言うようなことが、今日あってさぁ」
 放課後、生徒会館に集まった理人が征樹や光人、美頼といっしょにだべっている。退魔執行部の仕事は無くとも生徒会の雑用は日々無くならない。今は六月にある夏季文化祭の準備をぼちぼちやっているところなのだが、だべりながらなので大して作業が進んでいる様子も無いが。
 「ところで征樹、なんでネックレスしてんの?」
 「ネックレスじゃないよ、変身用アミュレットだよ。あの姿をごまかすのに必要なんだよ」

 師匠から借り受けたアミュレットを見つけられた征樹は訂正する。
 今日一日無事に学園生活が送られたのもこのアミュレットのおかげだ。
 「へ~。で、なしてネックレスしてんの?」
 「ネックレスじゃないよ、変身用アミュレットだよ」

 今度は美頼がちゃちゃを入れる。
 「こんにちは~」
 そこへ来栖がやってくる。一週間もしたら慣れたもので、戸棚からマイカップを取り出しポットからコーヒーを注ぎつつ、テーブルにつく。
 「いや~、転校生がうちのクラスに来てね。それがハーフのすごい綺麗な人で男子が盛り上がっちゃって。その子が隣の席になったもんだから、休み時間なんか興味のある子達が殺到して大変だったよ~。」
 そこでふと、正面に座っている征樹の胸元に目をやり、思いついた疑問をそのまま口に出す。
 「村上君、人間の姿に戻れたんだね。どうしてネックレスしてんの?」
 「ネックレスじゃないよ、変身用アミュレットだよ!」

 軽くイラッとしながら征樹が返す。今までのやり取りを知らない来栖としては、普段物静かな征樹に随分と荒い対応をされて、ちょっとどぎまぎしてしまう。
 「へぇ、来栖さんのトコにも転校生が? うちにも大島って子が転校してきたんだけど、こっちもハーフだよ」
 「大島さん? うちのクラスに転校してきた人も大島さんって言うんだけど、兄弟かな?」
 「二人ともおんなじ名前でハーフなら間違い無いやろな~。でも両方とも女の子やから姉妹やで~

そんなこんなを話していると、甘く香ばしいよい香りがしてくる。
 「みなさ~ん、クッキーが焼けましたよ~」
 そういって部屋に入ってきたのは、副会長の妹尾と一人の女の子だ。
 彼女は妹尾の妹で名を奈菜美と言い、兄よりも明るい色をしたロングヘアーをツインテールにした小柄な子だ。蘆鳳堂学園中等部の2年で、本来高等部の生徒会とは関係ないのだが兄に付いてはよくこの生徒会館に遊びに来ている。
 「今日はチョコチップクッキーにしてみました」
 「へ~、どれどれ」

 さっそく理人が口に運ぶ。口に含んだクッキーはほろりと崩れ、甘く香ばしい味わいが口の中に広がる。
 「うん、美味い!!」
 「ホント、おいしい!」
 「また腕あげよったな~」
 「美味いな」

 口々にクッキーのできに感想を述べながら、次々にクッキーを口に運んでいく。
 「当然ですよ。奈菜美の作るお菓子は天下一品ですから」
 と何故か偉そうにする君尋。それをジト目で見ながら美頼が突っ込みを入れる。
 「またはじまったで、副会長の妹自慢~」
 「できのよい妹を自慢して何が悪いんです?」
 「もう、自分がただのぱしりやからって、しょうがないな~」
 「二人とも止めて下さい!」

 二人の言い争いを見かねた奈菜美が止めに入る。
 「お兄ちゃん、恥ずかしいからあんまり自慢しないで。それと美頼さんもおにいちゃんをあんまり虐めないで下さい。」
 顔を真っ赤にして本気で怒っているように見える。よほど兄を尊敬し大事に思っているに違いない。
 事実、奈菜美はかなりのお兄ちゃん子で、暇さえあればこの生徒会室に来ては兄の手伝いをしている。君尋としてもそんな妹をいとおしく思っているらしく、その可愛がりップリはそばで見ていて、正直イタイと思っている人間も少なくないのだが、当の本人たちの兄離れ妹離れはまだまだかかりそうだ。
 「なによ、随分騒がしいわね」
 そんな騒動の中に生徒会長の蘆鳳堂ユウコが入ってくる、今日はいつものロングヘアーを後ろで縛ってポニーテイルにしている。
 皆の様子を見てある程度事情を察したらしく、
 「君尋、奈菜美が可愛いのはよく分かるけど、ほどほどにしなさいよ」
 と、呆れたように妹尾をたしなめる。
 「そういえば会長。今日俺のクラスに転校生がやってきたんだけど、なんか特別な事情でもあるのか?」
 理人が脱線していた話題を思い出す。
 「理人のクラスっていうと、妹さんのほうね。いくら生徒会長だって生徒の個人情報を全て知ってるわけじゃないわよ。
 何、そんなに気になる子だった? そうか~、理人にもついに春が…」
 「ば、ばかっ。そんなんじゃないよ」

 ニヤニヤとしながら理人を覗きこみ、むきになって否定する理人をからかう。
 「でも、ついこないだ私が転校してきたばかりじゃない、そんな立て続けにあるもんなの?」
 来栖が率直な疑問をユウコにぶつける。
 「まあね、うちは私立だから一定の学力と満たして、入学金払えば誰でも転校できるから。もともと美頼も転校組みだしね」
 「へ~、そうだったんだ」
 「そうやで~、中学までは姉妹校の聖華学園におったんやけど、高校1年のとにこっちに移ってきたんやで」
 「ふぅん、なんで?」
 「それは、その…、乙女の秘密や!」

 率直な疑問をぶつけられ、わけのわからん返しをする美頼。
 「さてと、もうこんな時間ね。あんたたちもだべってないでとっとと寮に戻りなさい。明日からGWでまだここにいるのなら、実家に急いで帰るわけでも無いんでしょ。遊びに出ても羽目外すんじゃないわよ?」
 まるで先生のようなことを言いながら皆を追い立てる。
 皆がしょうがないとも、残ってても会長に仕事を押し付けられるだけだと言う様子も取れるかんじで荷物をまとめるところに、ふとユウコが目を一人に留め思ったことを口にする。
 「ところで征樹、何でネックレスしてんの?」
 「ネックレスじゃないよ!変身用アミュレットだよ!!」

事件以前 4

 聖十字メシア教会、最近信徒をふやしているキリスト教系の新興宗教組織で、正式名称を「聖十字架のメシア教会神殿騎士団修道会」と妙に長くややこしい名前で、信徒でもこちらを使う人間は位の高い神父たち程度と言う有様だ。
 そんなメシア教会の新宿教会の託児所に、才羽光人は休みを利用し手伝いに来ている。
 「さて、お茶にしましょうか」
 子供たちが眠りについたのを見計らって、シスターアンジェラが光人に声をかける。彼女はメシア教会の慈愛を体現すると言われる若きシスターでこの新宿教会で託児所を開き、歓楽街の裏側で苦しむ女性たちの手助けをしている。光人はそんな彼女に導かれメシア教会に入信したため、彼女を師の様に慕っている。
 「光人、何か悩み事があるんでしょう?」
 キッチンにあるテーブルに茶菓子を並べ、お茶を飲みながらアンジェラが静かに口を開く。光人は進められた紅茶を手に持ったまま口もつけず、沈んだ表情のまま口を開かない。
 「あなたがここに来る多くの場合は道に迷った時ですもの、それぐらいわかりますわ」
 アンジェラのいざないに光人は重い口を開く。
 「以前、友人の知り合いから新たな力をもらったんです。でもその力は…、異教の力なんです」
 以前、ユニコーンから与えられた変身能力。北欧の伝説では聖なる獣とされるものでも、メシア教徒の彼にとっては異教の力以外の何物でも無い。敬虔なメシア教徒の光人としては、そんな力を使うのにはかなりの抵抗がある。
 彼女はそんな光人を見てそっと彼のそばに立ち、抱きしめる。
 「確かにあなたの中には新たな力の種があります。あなたはその力を恐れているようですが、力自体に善悪はありません。その力をどう生かすかはあなた自身で、あなたならその力を正しく使えると私は信じています。その力は将来必ずあなたの力になるでしょう。
 光人、恐れずにその力と向き合ってみてはいかがですか?」

 そういって彼女は穏やかに微笑む。
 その言葉に覚悟を決めたのか、光人は心を静め、自らのうちに眠る力に意識を向ける。

 自分の意識の奥の奥、そこに眠るものを探し出す。それは自分が奥底に押し込めていたためか、非常に小さくなっていた。
 しかし、圧縮された力はより強い力を発するようになっていた。まるで、高密度に圧縮されたプラズマが極めて明るい光を放つかのように。
 「待チクタビレタゾ、モウ呼ビ出サレルコトモ無イカト思ッテタホドダ」
 その光は自らを探しに来た光人に語りだす。
 「正直ナトコロ、オ前ノ主義主張にカンシテハ、ソリガ合ワナイトコロモ多イ。」
 窮屈そうに身震いするようにその光は瞬く。
 「ガ、決シテココハ居心地ガ悪イトコロデハ無イ。何カヲ守リタイト言ウ思イガ溢レテイルカラナ」
 光はくるくると辺りを見回すように輝く。
 「デ、覚悟完了シタノカ?」
 その問いかけに光人はゆっくりと答えを返す
 「正直まだ迷っているところは多い」
 「フム」
 「お前を使うことで自分がどう変わっていくのか、力に溺れやしないかと恐れてさえいるよ」
 「ヒトノ子ヨ、変ワルコトヲ恐レテイルノカ?」
 「え?」
 「人ハ常二変ワッテイルデハナイカ。我々トハ違ッテ、成長ト言ウ変化ヲ常ニシテイルノガ人間デハナイノカ?」
 「…僕が恐れている? 成長することを?」
 「チカラニ溺レルコトヲ恐レテイルトイッタガ、ソウナラナイヨウニ成長スレバ良イノデハナイカ?」

 光は自分にはわからない感覚だと言うかのように不定期に輝く。
 「全ては自分しだい…か」
 何かをさとったかのように光人の意識は異常なまでの緊張感をとく。と同時に光は一際強く輝き広がりだす。
 「オレハキッカケニ過スギナイ。ドウ使ウカハオ前シダイダ」
 そういってその光はゆっくりと広がりだす。光人の意識の隅々まで行き渡るように強く、だが光人のものを壊さないように丁寧に。
 そのとき新たなる力が湧いてくるのを感じた。
 そして力があふれ出し、キッチンをその余った力が光として照らす。

 光が収まったときそこに立っているのは額から角を生やした真っ白い馬―ユニコーンであった。
 「それがあなたの新たな力なのですね」
 まるですべを見知っているかのように驚いた様子もなくシスターが祝福するように微笑む。軽くいななき、ユニコーンの姿で光人が返事をする。
 「…僕にはまだこの力が正しいか、いえ、正しく使えるかわかりません。でも正しく使えるように信じてみようと思います」
 決意を示すとアンジェラは安心したように微笑み、十字を切り光人を祝福する。
 「あなたの進むべき道に光が照らされますように。」

事件以前 5

 「どう、ユウコは元気している?」
 しばらくぶりに会った聖華学院の生徒会長の第一声は、目の前の美頼のことより、いとこの蘆鳳堂ユウコの近況を聞くセリフだった。
 「もうっ生徒会長、それは無いんとちゃう? うちかて生徒会長と会うのは久しぶりなんやし、もっと気にしてもらっても、ええんとちゃうん」
 「ははは、そうだったね、すまない。うちのいとこ殿もなかなか忙しくて、お互いスケジュールが合わなくてね。」

 甘えるようにふくれっ面をして抗議する美頼に、さわやかな微笑を浮かべ謝る彼女は、調布市の小高い丘の上に有るミッション系私立学園聖華学院の高等部生徒会長、結城柊だ。
 「それと、もう私は君の生徒会長ではないのだから、そうよばなくても良いよ」
 「はぁい。それでは柊はん、お元気そうでなによりですぅ。」
 「いきなり名前? 美頼らしいね」

 いつもの美頼の行動パターンに少々振り回され、困った微笑を浮かべる。
 穂村美頼はもともとは聖華学院の生徒だった。とある事件をきっかけに柊のつてにより、蘆鳳堂学園に転校することになったのだが、その事件についてはまたいずれ語るときが来るかもしれない。
 お互いに近況を語り合い、ショーウインドウを冷やかし、新作スイーツを楽しみ、久しぶりの大型連休の 一日を楽しむ二人だが、美頼にはその最中気になることがあった。
 「…会長、うちとおって楽しくない? 顔色がわるいようやけど」
 「あ、すまない、そうじゃないんだ。こうして久しぶりに美頼とあっていろんな話を聞いて、遊んで実に楽しい時間を過ごしているよ。でも…」
 「でも?」

 オープンカフェでカフェモカのトールカップを手に持ち、口をつけるわけでもなく中の氷が解けるままもてあそんでいた柊だが、美頼に顔色の微妙の機微を悟られたことを気まずく思ったのか、あわててストローに口をつける。
 そして、一息ついた後ゆっくりと語りだす。
 「私が今、こうして楽しんでいて良いものかと思ってね」
 「どういうことですか?」
 「心配させると思って黙っていたんだけど、今うちの学校で行方不明者が何人か出ているの。そんな事件が起こってる中、私が遊んでいて良いものかと」

 そういって、また暗い顔をする。
 「警察にも連絡はしているのだけど、…いやな予感がしてしょうがないの。見えないところで何かが動き出しているような…。」
 「会長!!」

 突然美頼が大声を上げる。あっけにとられた柊が突然立ち上がった彼女を見上げる格好になる。
 「一人でそんな悩んでたら駄目やで。いくら会長やって万能や無いんやから、出来ることと出来ないある! それをくよくよと考えとったって何にもならへん!」
 「美頼」
 「それに今日はうちと遊びにきとるんやで。遊ぶときは遊んで、仕事するときは仕事する! そんな気持ちの切り替えって、大切なんとちゃうん?」

 一気に捲し上げた美頼を見上げていた柊は、しばらく呆然としていたが突然声を上げて笑い出す。
 「アハハハハッ そう、その通りだね美頼。思い悩んでいたのが馬鹿みたい。確かに悩むだけなら誰でも出来る。でも、ただ悩むだけでは何も進まないものね。悩むのを止めて私らしく動くことにしよう! まずは…」
 「まずは?」
 「今日は思いっきり遊ぶとしよう。仕事はその後! さあ次はあの店に行こう!!」

 そういって美頼の手をとり走り出す。
 「そうそう、嫌な予感のことだけど、ウチだけで収まらない感じだから、ユウコにもよろしく言っといて。」
 柊を動かした美頼の言葉は彼女のためを思ってか、それともただ単に自分が楽しみたいだけだったのか、それは美頼自身にしかわからない。

事件以前 6

 広く暗いその部屋で、多くの機械が低くうなりをあげている。
 床は数多くのチューブやコードが血管のように張り巡らされ、様々な機械をつなげている。一見乱雑に見えるその管たちも、ひとつの呪式のようにも思えてくる。
 突如装置が一際高い音を上げると部屋の中央の魔法陣が強い光を放つ。
 その光が収まったときそこには一体の妙に胴が長く頭の黒い白い犬-魔獣イヌガミの姿があった。
 (ワシはー、…クリ。そう、ここは蘆鳳堂学園の邪教の館か)
 その獣の紅い目に一抹の安堵の光が生まれる。
 (今回もまだ”ワシ”を失わずにすんだか…)
 悪魔合体。複数の悪魔を合体させ、新たな強力な悪魔を作り出すシステム。悪魔を使役するデビルサマナーにとってはより強い仲魔を手に入れる有益なシステムだが、実際合体する悪魔たちにとっては恐怖の対象である。
 文字通り合体材料にされ、新たな悪魔の媒体にされるのだ。新しく生まれる悪魔の自我が、自分の物か相手の物か、混ざり合った物になるのか、はたまたまったく別のものになるのか、それは合体してみないとわからない。ただ一つ言えるのは、より自己が強い者、その自我が新たな悪魔に一番強く残ることになる。
 今回も幸運なことに栗田翁の自我は残ることが出来た。が、合体の”相手の記憶”もわずかながら移ってしまったようだ。
 合体を繰り返すたびに、新たな自分の贄になった悪魔たちの名残が自分の中に残り、それが自分を侵食していく。徐々に、だが確実に。
 栗田とて合体に恐怖が無いわけではない。システム化されたものとは言え、成功率が100%と言うわけではなく、いつ事故が起こるとも限らない、そういった装置に身をゆだねるのだからなおさらだ。

 「ふむ、滞りなく終了したようじゃな」
 栗田が”自分”を確認しているところに館の主人が現れる。
 この邪教の館の主人である老魔術師の声には何の変調も無い。彼にとって悪魔合体が成功しようが失敗しようが、実験データの一つに過ぎない。むしろ、事故が起こったほうが貴重なデータが取れるといってはばからないような人物だ。
「世話になったな」
 「なに、ギブアンドテイクと言う奴じゃ。汝は新しい力を得、ワシは新しいデータを手に入れるそれだけのこと。また来るが良い。」

 栗田が人間の姿をとり、邪教の館から出て行くと丁度日が上るところであった。
 仕事に戻るか。
 日ごろ人としてこの蘆鳳堂学園の用務員をしていることを無事思い出し、毎日の日課である清掃の前の情報収集、いわゆる朝のニュースのチェックを行うべく、自室として使わせてもらっている生徒会館の一室へもどり、リモコンを操作する。
 朝の定番の司会者の顔が映し出され、つばをブラウン管ごしのこちらまで飛ばさん勢いでまくし立てている。何でも最近若い世代の行方不明が頻発していると特集を組んでやっているようだ。
 行方不明者が出るのは別に珍しくない。家出など自らの意思で身を隠すもの、不幸な事故に巻き込まれ身元が判明しない者、哀れにも事件に巻き込まれたもの様々で、公にならないものの毎年かなりの量の行方不明者が出ている。
 ―と、ここ何年かの捜索願の集計を棒グラフでまとめたフリップを司会者がバンバン叩いている。ちなみにこのフリップでは東京近郊のデータをまとめているものだが、結構な量の捜索願が出ているものだ。当然この中には悪魔に貪り食われたものも少なくないだろう。
 さらに司会者はそのフリップに新たなデータ-今年3月末までと5月頭までのデータの書かれたクリアシートが重ねられる。そこには4月だけで、1月から3月までの捜索願の量が上回っていると言うようなものだった。
 さらに司会者は熱くなり、これだけ一度に失踪者が出ているのは何かの事件に巻き込まれているからで、それに対処しない警察の怠慢だ、とまくし立てている。
 栗田としては人の生き死には大して興味が無いもので、「こんだけ捜索願が出ているのに身近では起きないものだ」とわりとのんきな感想を持つだけだ。当然栗田だけでなく同じように番組を見ている一般人の多くもそう思っているだろう、実際捜索願を出した当事者を除いて。
 そのコーナーが終わると興味の無い芸能コーナーになったので、ザッピングをしばらく繰り返したのち、栗田はテレビを消し重い腰を上げる。 
 明日から長期連休もあけまた学園内が騒がしくなる。その前に大まかに掃除を終えておかなければ。
掃除道具を持ち、もっとも人の集まりやすい校門前の噴水から掃除を始めることにした。
 学園の巨大な門を抜けると、まず目に入る象徴的な噴水は学園の顔と言うものだ。普段からこまめに掃除しているが今日は特に念入りにーと、そう思って噴水近づいた栗田は本来有るべくも無いものが噴水前に有るのに気がついた。
 いや、有ると言う表現は正しくない。倒れているのだ人が。
 あわてて駆け寄ると息はしている。気絶しているだけのようだ。
 今なら誰も見ていない、イタダイテシマエーと悪魔の本能が鎌首を上げるが、その女生徒ー乱れているが蘆鳳堂の制服を着ているーを学園内でイタダイテしまうのは問題外だ。ましてや今は人の姿を借り人と関る生活をしてそれを楽しんでいる。本能を無理やり押さえこむ。
 そういえば昨日2~3日前に、同室の子が帰ってこないとか言う話が寮長のほうからきとったな。
 そう思い出し、栗田は学園長、寮長らに連絡を取るべく電話へ走るのだった。

調査1日目 1

 1年のうちでもっとも期待される連休、ゴールデンウィークも明け、蘆鳳堂学園内は騒然としていた。
 GW以前からお昼の報道番組をにぎわせていた失踪多発事件の被害者が学園内で発見されたのだ。警察の調査が朝から入り、生徒間でもありとあらゆるうわさが流れるなか、意外にも授業は通常通り行われた。これは下手に休校にし、生徒間の動揺を防ぐためか、はたまた他の理由による物かはわからない。だが、休校を期待した少々不届きな生徒たちは大いに落胆することになったのは間違いない。

 放課後、いつもの如く生徒会室に皆が集まる中、大きく落胆している者が一人いた。
 村上征樹だ。
 「は~」
 机に突っ伏しながら、大きく思いため息を断続的に吐いている。それをはたで見ながら理人が光人にたずねる。
 「征樹どうしたんだ?」
 「連休中に財布を落としたらしい、今月の小遣いの半分が入った奴」
 「げ、まじで? きっついなぁ、それは」

 と理人が征樹を見ると、いつの間にか征樹の視線が理人に移っており、目があった瞬間また大きなため息をする。まるで同情を買おうとしているかのようだ。
 「どうして僕に対してこんなことがおこるんだ?」
 「さ、さぁ?」

 たじろぎながら理人が、視線をドアのほうにそらすと、深刻な表情で来栖が入ってくる。
 「どないしたん、来栖ちゃん? えらい怖い顔してるけど」
 元気無くテーブルについた来栖に美頼がまとわりつき、心配したように声をかける。
 「うん、うちのクラスの子、私が転校してきてから色々と世話を焼いてくれた子が今日休んでて、事件に巻き込まれたんじゃないかと心配で。熱血先生は何も言ってなかったんだけど…」
 今日、来栖のクラスでは田中恵が出席していなかった。
 担任の熱血は「今日は田中は欠席だ」と皆に言うだけで、報道のせいもあり彼女が休んだことを、むやみやたらに大げさに言うクラスメイトもおり、クラスで一番仲良くしてくれていた彼女が休んだことに来栖は 心配で今日の授業に身が入らなかった。
 そういった事情を聞いた美頼は肩を震わせる。
 「ど、どうしたの、美頼ちゃん」
 「キーッ うちの来栖ちゃんをこんなに心配させるなんて、うらやま…いやっ!許されへん!」
 「は!?」

突然わけのわからないキレ方をする美頼にあっけにとられる。
 「来栖ちゃんにこんな表情をさせるなんて、その女、何者! 来栖ちゃんにうち以外の女がいたなんてっ! もうその女を殺して、うちも死ぬぅ! いや、うちがその女の代わりに誘拐されて失踪するぅ!!」
 「おちつけ」
 「あうっ!」

 豪快に妄想が暴走する美頼にチョップ一発で突っ込みを入れる光人。後頭部に鋭い一撃を食らった美頼はテーブルに突っ伏しながらも「うちが一番うまく来栖ちゃんを心配させられるんだぁ」とわけのわからない妄想をつぶやいている。
 当の来栖としてはそんな妄想をぶちまける美頼に対して一抹の不安を覚えるわけで、そういう意味では美頼の妄想もあながち外れてはいないようだ。
 「まったくいつから柏木さんが君の物になったんだ。あー、気にしないでね、柏木さん。いつもの病気だから」
 「そんなの生まれた時からにきまっとるやん。て言ぅか、誰がビョーキよぅ?」
 「あなたに決まってるじゃない」
 「ぐえっ」

 いつの間にやらやってきた生徒会長ユウコがポニーテルを揺らしつつ、後ろから忍び寄りヘッドロックを仕掛ける。
 「全くいつも暴走して皆を笑わせてるのは誰と思ってるの?」
 「う、うちですぅ」
 「わかってればいいのよ」

 と美頼の頭をぐりぐりして開放する。
 一連のやり取りを見ていた来栖はあっけに取られながらも笑みを浮かべる。
 「あ、やっと笑ってくれた、やっぱり来栖ちゃんには心配顔はにあわへんで」
 「何それ、それじゃ私が心配事の無い馬鹿みたいじゃない」
 「むしろそれは美頼のほうだろ」
 「なんやてぇ~」

 最後に突っ込みを入れた征樹に駆け寄ろうとする美頼だが、ユウコのじろりとした視線を感じ取りおとなしくなる。
 「はい、それでは本日の議題、と言うかお仕事の説明に入ります、退魔執行部のね」
 その言葉に皆に緊張が走る。
 退魔執行部、それは来栖たちが所属する生徒会の役職であり、文字どうり学園内で起きた悪魔がらみの事件に対応する蘆鳳堂生徒会の隠された部所である。
 ふと気が付くと、ユウコ以外にも副会長の君尋と栗田もいつの間にかいつもの席におさまっている。
 みなの視線が集まったのを確認し、ユウコが口を開く。
 「皆ももう知っているけど、この学園内で誘拐事件の被害者と思われる人が発見されたわ。今回皆にはこの事件について調べて欲しいの」
 「何で僕たちが調査するんですか? 誘拐事件と言うなら、それこそ警察に任せておけばいいじゃないですか」

 簡潔すぎるほど簡潔に要点だけを述べるユウコに、光人が当然ともいえる反応を返す。
 「今朝、発見された被害者はうちの敷地内で発見されただけではないの、この学園の生徒だったのよ」
 発見されたのが未成年のためか、ワイドショーなどでも被害者の情報がほとんど出ていなかったが、皆がまさかと思っていた事実が明らかになる。
 当然のことく皆に同様と緊張が走り、来栖の表情がよりいっそう真剣なものとなる。
 「そして公にはしてないけど、このGW以降、学園関係者で連絡が取れないものも少なくないわ。この蘆鳳堂にも被害者が出たとなると警察だけに任せておけないのよ」
 決意をこめた目で皆を見回す生徒会長に押されながらも光人が口を開く。
 「会長、会長の意気込みはわかりましたが、何故退魔執行部が動くんですか?
今聞いている話だと悪魔がらみとは言いきれないと思うんですが」
 「それは…、第一発見者に話を聞いたほうがいいわね、栗田さんお願い」

 第一発見者がここにいると言う事実とそれが栗田と言う事実に皆が驚き、当然視線がテーブルの一番はしに付いていた栗田に集まる。
 栗田は皆の驚きと期待の混じった視線に軽く咳払いをしながら口を開く。
 「あ~、どこから話したもんかの。そう、あれはまだワシが見目麗しい青年のころー」
 「手短にお願いできるかしら? と言うか栗田さんに青年のころなんて無いでしょうっ」

 栗田の一ボケに軽くイラっときながらも、的確なツッコミを入れるユウコ。
 「何じゃとワシだってウン十年前はー」
 栗田が続けてボケようとするが、その場にいる皆のさめた視線に口を閉じる。
 「あぁ、まぁなんじゃ。ちょっと皆が緊張しすぎのようだったんで和ませようと思ったんじゃが…。まあええ、あれは今朝のこと…」
 栗田が今朝、女性とを発見したときのことを事細かに皆に説明する。それは何度も繰り返しているセリフのように流暢で実にわかりやすい状況説明だと皆が感心する。
 それもそのはず、第一発見者として警察の事情聴取が済んだ彼には当然の如く、各社のレポーターが集まり話を聞きに来たのだ。当然同じことを何度も繰り返し話し、お昼のワイドショーではその様子が全国放送されたのだが、今日のワイドショーを見ることの出来なかった彼らには、その辺の事情は一切合財知るはずの無いことだった。
 「ーで、その娘を抱き上げたときじゃった、わずかに臭いを感じたのは。一般のモノが出しうることの無いワシら悪魔独特の臭いを」

調査1日目 2

 栗田の口から語られた事実にユウコ以外が騒然とする。
 「今起きている失踪事件が全て悪魔が絡んでいるとは言いけれないけど、少なくとも今朝発見された彼女に関しては悪魔が絡んでいるといって間違いないわ。栗田さんの鼻が馬鹿になってなければね」
 「失敬な。この度よりパワーアップしとるぞ、嗅覚に関しては」

 イヌガミとなった栗田が自らの鼻を指差しながら胸を張る。
 「嗅覚だけですかッ」
 命を賭した悪魔合体の結果がそれだけではたまったものではないとばかりに征樹が突っ込みを入れる。
 「それで、この事件が悪魔がらみとしてオレたちが捜査する訳ですか」
 「そうよ、じゃなきゃここに呼ばないし。ていうか、あんたたち以外に誰がこんなめんどくさいことするのよ。」

 理人の問いかけに、サラッとユウコが本音を出す。
 「会長、本音が駄々漏れてますよ。でも、悪魔が絡んでいる以上、それ相応の力を持った者が対処しないと、ミイラ取りがミイラになる可能性もあります。いわば、これは退魔執行部である君たちにしかできないことなんです。」
 普段は物静かな副会長がフォローする。女王様的な会長の要求を噛み砕き下へ伝え、彼らのモチベーションをあげるというのも副会長という立場である君尋の仕事のひとつだ。
 「そうか~、オレたちにしかできないか~。そういわれるとしょうがないな。よし、行こう兄ちゃん」
 「…理人、お前は…。いやなんでもない」

 根が単純な理人が副会長の言葉に持ち上げられ、すっかりやる気にやる気になったのを見て、深読み大好きな兄、光人としては少々複雑な表情を浮かべる。だが、彼としても自分の身の回りの平和が乱され、自分にそれを回復する力があるのならば、事件を解決したいと思うのは弟と変わらない。
 「で、現状で手に入っている情報はあるのか、会長?」
 人修羅として身を変えた征樹としては、悪魔がらみの事件は自らの力を試し、より大きな力を手に入れる可能性があるものだ。悪魔がらみと聞いた時点で人とは違った目の輝きを放っている。もしこの事件に関わるなと言われたとしても、確実に自分から首を突っ込むだろう。以前の彼ならばこのような反応をすることは無かっただろうが、人修羅としての体がより大きな力を求めるように、征樹自身が気付かないうちに彼の考えを動かしているのかもしれない。
 「はいはい、あわてないの。まず、警察のほうから流してもらった情報では、被害者は10代後半から20代前半の若者で、基本的に男女は問わないみたい。若い子は女の子のほうが若干被害者が多いみたいよ。」
 「…なんで、そんなことが解るん?」

 美頼が率直な疑問をぶつける。普段ぼんやりとしていると思われていることが多い彼女だが、悪魔を見に宿す繊細さ持っているせいかたまにこういった感の鋭さを見せる。
 「わざわざ、サンプリングしたみたいよ。例年の失踪者のデータとここ最近のデータを比べてね。結果そのあたりの失踪者が多発していると判断されたみたい。で、他の事件で渋谷とかで、聞き込みをしてるときに姿を見なくなった人たちが多いって話が出てるみたい。」
 「渋谷だけ?」
 「ん~、あとは原宿、六本木とか、細かく言えばそれぞれの区のセンター街とか。当然ここのセンター街でもそういう話が出てるみたい。」

 蘆鳳堂学園からでも地下鉄で短時間にいけるような距離にセンター街が存在する。
巨大な高層ショッピングモールを中心に多くの店やレジャー施設が立ち並び、平日祝日を問わずに人々でにぎわっている。
 「まったく、最近の若いもんは」
 「栗田さんに言わせれば今生きてる人間すべて若いものでしょ」

 そりゃそうだと、栗田が笑うと皆もつられて笑い出し、若干張り詰めていた室内の空気が緩む。
 そんな中、顔に一抹の不安を貼り付けたままの来栖が生徒会長に質問をする。
 「で、今朝見つかったこの学校の生徒というのはいったい?」
 「ああ、そうそう忘れるところだったわ、3年の田中恵で、…あら来栖とおんなじクラスね、知ってる子でしょ?」

 ―ガシャッ
 その名を聞いて来栖がカップを取り落とす。青ざめた表情を表情を浮かべユウコのほうを見ているが、その瞳は何か像を捉えている様子では無い。
 悪魔の力を使う自分に関わったばかりに、恵がこんな事件に巻き込まれたのではという思いが彼女に巻き起こる。
 そんなすごい表情から心配した美頼が声を上げる。
 「来栖ちゃん大丈夫!?」
 「その様子だと仲の良い子だったようね。
 安心して怪我なんかも無く、衰弱していただけで、今は意識も回復しているらしいから。検査の結果待ちらしいけどたいしたことはなくて2、3日後―、週明けには退院できるそうよ」

 安心させるように微笑んだユウコのその言葉に、田中恵の一応の安否がわかった来栖は、安堵と不安がない交ぜになった表情を浮かべる。
 その顔を見てまた美頼が機嫌を損ねる―。
 「キーッ、来栖ちゃんにそ―」
 「それはもういいっ!」

 来栖とは逆隣に美頼の隣に座っていた征樹が、先ほどの光人のようにチョップを叩き込む。
 その二人のやり取りに来栖の表情も幾分か緩む。
 「と、今わかっているのはこれくらいかしら、ほかに情報が入れば随時伝えていくけど」
 「なるほど、それ以外は情報収集しろというわけですね」

 ユウコが話し終えると光人が、まとめるように皆を見回す。
 「とりあえず、今手がかりが得られそうなのは、その田中恵さんからと失踪が多発しているという現場、この近くだとセンター街か。効率を考えると少なくとも2手に分かれたほうがいいね。田中さんのほうは―」
 そこで言葉を切り、来栖を見る。
 「つらいかも知れないけど柏木さん、お願いできるかな」
 「…わかった。」

 少し驚いたような顔を浮かべ光人の提案を聞いていた彼女は、少し間を置いた後決意をお込めた表情で返事を返す。
 「うちも行くっ!」
 「だめだ」

 来栖の返事が終わるかどうかのうちに声を上げた美頼を、光人はすかさず却下する。
 「なんでっ?」
 「…センター街にも聞き込みに行くといったろ。男ばかりだと聞きにくいこと、聞き出しにくいことだってある。だから君はセンター街で聞き込みに入ってもらう。まったく、いい加減脊椎反射で行動するんじゃなく、少しは落ち着いて考えたらどうだ?」

 普段あまり感情を表に出さない光人だが、少々いらついたように言う。
 美頼以外の面子も確かにそうだ、と言わんばかりにうなずいている。もっとも同様に思っていることは、光人の話の後半と前半と人によって違うようだが。
 「いや~!うちも来栖ちゃんと一緒に行く~っ!!」
 皆の総意が得られる中、美頼の絶叫が生徒会館に響き渡る。

調査1日目 3

 そんな美頼を思い出しながら来栖は今、田中恵の入院している病室の前にいる。
 あの後ユウコに入院先を聞いた来栖は飛び出すように学園を出てそこへ向かったのだ。
 引っ越してきたばかりの身として当然初めてやって来る病院で、思いのほか到着まで時間を食ってしまい、もう面会時間もわずかしか残っていない。
 「…失礼します」
 一声かけ、病室の扉を開けるとそこには少しやつれた感じではあるが意外と元気そうな田中恵の姿と、彼女によく似た年かさの女性―おそらく母親であろう―の姿があった。
 「柏木さん、お見舞いにきてくれたの?」
 「うん、遅くなってごめんね、道に迷っちゃって。」

 来栖の姿を見た彼女は驚いたようにうれしがった。そしてその反応に来栖は事件のことを聞いてよいものかと迷う。その姿を中に入るのを躊躇しているのかと思った恵の母が声をかける。
 「あらあら、あなたが柏木さんね。いつも娘からお話聞いてます。わざわざお見舞いにきてもらってすいませんねぇ。これからも仲良くしてやってくださいな。」
 「いえ、こちらこそ恵ちゃんには転校以来お世話になってて。あ、そうだ、これお見舞いに―」
 「あらあらきれいなお花、ありがとうございます。良かったわねぇ、メグ。母さんちょっといけてくるから、柏木さんどうぞゆっくりしていってくださいな。」

 来栖が差し出したお見舞いのカサブランカを受け取ると恵の母はいそいそと出て行き、病室には来栖と恵が取り残される。
 「どう、具合は」
 「うん、検査の結果もさっき聞いたけど、どこにも異常はないってさ」
 「へぇ~、良かったじゃない。心配したんだよ?」
 「ごめんね、心配かけて。あ、そうそう休んでる間のノートお願いできるかな、柏木さん?」
 「ええっ!? わ、私なんかのノートより、もっとできる人のほうがいいんじゃない?」

 決してよくはない成績を誇る来栖としては慌てて首を振る。
 「いいじゃない、せっかくにお見舞いにきてくれたんだから、ね?」
 「うん、そうまで言ってくれるならがんばってみるよ。」
 「ありがと。で、柏木さん、私に聞きたいことがあってきたんじゃないの?」
 「えっ!?」

 突然核心をつかれて驚く、それを見てニコニコと微笑を浮かべる恵。
 「柏木さんの表情見てたら、それぐらいわかるわよ。なんと言っても私は蘆鳳堂学園新聞部の敏腕記者なんですからね」
 そういって同世代の女性の平均よりやや薄めな胸をはる。
 普段から情報に早い彼女だが、それも日ごろの部活動の活躍によるものだったようだ。
 「で、何が聞きたいの? ああ~っと私の3サイズはだめよ。トップシークレットなんだから、国家機密クラスの」
 来栖の表情から聞きづらい内容だと察したのか、妙におどけて見せる。その様子を見て意を決し来栖が口を重い開く。
 「生徒会長がね、今回の事件に興味を持っちゃって調べようって言い出して…」
 「それで私に話を聞いてこいって言われたのね。」
 「ごめんね、思い出したくないのに。」
 「いいのよ、気にしないで。もう刑事さんにだって何度も話してるし、私だって自分が被害者じゃなかったら取材にきてるもの、敏腕記者として!」

 そうやって気を張るのは、彼女としても思い出すことでよみがえる恐怖を、少しでもごまかそうというのだろう。
 「さあ、何でも聞いて?」
 「うん、じゃあ誘拐された日のことを聞かせてもらえる?」
 「ええと、あれはゴールデンウィーク最初の日、夕方5時ごろかな皆とセンター街のゲーセンで遊んでたところまで覚えてるんだけど、そこから先の記憶がはっきりしないの。
 で、気がついたら真っ暗なところにいて、あたりを見回そうとしても体が動かなくて、当然助けを呼んだけど誰も返事がなくて、あたりから何か腐ったような臭いと香水の香りとシンナーのようなきつい臭いが混じったのを感じたんだけど…」

 そこまで話して感情が高ぶったのか恵の目から涙がこぼれだし、顔をおおって泣き出す。その姿に思わず来栖は彼女の抱きしめ 「ごめん、ごめんねつらいこと思い出させちゃって」と頭をなでることしかできなかった。
 しばらくして彼女も落ち着いたのか、ゆっくりと頭を上げる。
 「ごめんね、恥ずかしいところ見せちゃって」
 「ううん、こちらこそごめんね、つらいってわかってることなのに」

 恵の頭をなでているうちに気になったことが来栖にはあった。
 「恵ちゃん首のところに何かついてるみたいだけど?」
 「え?」

 うなじのあたりをまさぐると白いゴムのようなかけらが手に残る。検査のあとにも念入りに体を洗ったはずなのだが髪の毛にこびりつくように残っていたのだろう5ミリ程度のそれは、ただのゴムにしてはぷにぷにと妙に柔らかい。
 「田中さ~ん、検温の時間…。あら、お友達がお見舞いにきてくれたの?」
そこへ一人のナースが入ってくる。外見やたたずまいからそれなりのベテランのようだ。彼女は来栖の手にあるものを見つけ話し掛けてくる。
 「あら、どうしたのそれ」
 「いえ、恵ちゃんの髪についてたんですけど、何でしょう?」
 「どれどれ…。あー、これ造型用のシリコンだわ。うちの息子がオタクでね~、フィギュアとかいうんだっけ? 人形なんかよく作ってて、良くこれのこびりついた洗濯物出してくるんだけど、取れなくってねぇ」

 来栖から渡されたそれの匂いをかいだり、指先で確かめたりしながら意外な知識を発揮する。やはり人生経験というのは意外なところで発揮されるものだ。
 「ということは、恵ちゃんはそういう言うものを扱うところに連れ込まれて立ってことか…」
 「で、悪いんだけどそろそろ面会時間終わるよ?」

 考え出そうとする来栖にナースが声をかける。時計を見ると確かに面会時間が終わりそうな時刻になっている。
 「あ、そうですね。じゃ、恵ちゃんいろいろとありがとう。私これで帰るけど早く元気になってね。あ、これなんだけど刑事さんに渡したほうがいいと思うから、置いてくね」
 「うん、わかった、お見舞いありがとうね」

 シリコン片を恵にわたし、足早に病室を出る来栖。
 恵のためにも一刻も早く事件を解決しなければ。その思いが彼女に湧き上がっていた。

調査1日目 4

 夕闇に溶け込むことも無く、さまざまな明かりと喧騒を放っているセンター街で、美頼は機嫌を損ねていた。
 「もう、何でうちがこんな時間にこんな所にこんといけんの」
 幼いころ妖精郷ですごした彼女としては、こうした無秩序な人ごみは苦手としていた。
 同じような喧騒でも妖精たちの祭りのほうが、よっぽどにぎやかで様々な光に満ち溢れているが、人間の作り出す無機質な喧騒とは違い生命力にあふれている。
 そんな美頼にとって、黄昏時の繁華街の喧騒の中で聞き込みをするというのは痛苦以外の何物でもない。
 「まあ、そう言うなよ。穂村の交渉力にみんな期待してるんだから。」
 理人が不機嫌な美頼をなだめる。病院に向かった来栖は光人に任せ、征樹、美頼、理人、栗田の4人は目撃情報を手に入れるため、センター街にやってきていた。やってきて1時間近く経つが残念なことに有用な手がかりは残念なことに手に入っていない。
 「あ~もう、のど渇いた、お茶買って来る」
 いくら元々おしゃべりとはいえ、ほとんど一人で交渉を進めていた美頼がさすがに音を上げる。皆が「俺にも買ってきてくれ」と言い出す前にすたすたと自販機に向かっていく。
 自販機に鈍い金色の硬貨を入れ何にしようとカラフルな缶が並んだ赤い箱をにらんでいると、
 「か~のじょ、今一人?」
 ずいぶんと間の抜けた近くで聞こえた。
 その声に美頼が顔を上げると、茶髪をボリューミーに逆立てた二人の男が美頼を取り囲むように立っている。
 ありふれたオリジナリティのかけらも無いコロンの香りが鼻につくほどの近距離に立たれ、美頼は露骨にいやな顔をするが二人のチャラ男は気にした様子も無く
 「なにしてんの、ヒマだったらオレタチと遊ばねぇ? 飯ぐらいおごるよ、マジで」
 と、これまたオリジナルティの無いしゃべり方で美頼を口説いてくる。
 「今、いそがしいねん、邪魔せんといて」
 「え、何かやってんの、俺たちでよかったら手伝うよ」
 「そうそう、俺たち手伝ったらマジ早えぇって」

 美頼が買ったペットボトルを持ち、立ち去ろうとしても絡むように行く手を阻み、彼女の思うように進ませない。業を煮やした美頼はしょうがないので本日何度か目の質問を目の前の二人に問い掛ける事にした。彼女の意図する問いをちゃんと理解し、それに沿った答えが戻ってくるとはとても思えなかったが。
 「この辺で行方不明になったとかいう話、聞かへん?」
 「行方不明? あ~そういやGWの後、達也と連絡とれなくね?」
 「達也? そうそうあいつ前に誘ったときに、「超美人ゲット」とか言って誘い断った挙句、その後連絡とれねぇんでやんの。マジ行方不明だったりして」

 といいながら二人はげらげらと笑い出す。
 「行方不明、それってホントなん?」
 「マジマジ、チョ~マジヨ。で、どう、これから俺たちと一緒にユクエフメイにならない?」

 そう言ってチャラ男Aがますます近づいてくる。
 その行動に露骨に不快感を表した美頼が手を上げようとした瞬間、
 「悪いけど、今彼女に行方不明になられたら困るんだ」
 征樹がチャラ男Aの肩に手をかけ美頼から引き離すと、バランスを崩したチャラ男はもんどりを打って転んでしまう。
 「ってぇ。何すんだ、テメー!」
 「すまない、ちょっと力が入りすぎたかな」
 「あ~あ、やっちまったなお前、もう止まんねぇよオレ。せっかくお楽しみのトコロ邪魔された上こんなハズカシー目に合わされたんじゃもう止まんねぇ」

 チャラ男がゆっくりと立ち上がり、ニヤニヤ笑いながら懐からバタフライナイフを取り出したその瞬間、辺りの空気が張り詰める。
 チャラ男達がナイフを出したからでは無い、チャラ男らと征樹達を除いて人の流れが急に無くなったからだ。
 「お主らここから早く立ち去ったほうが良いぞ」
 栗田が重々しくチャラ男達に告げるが、何を勘違いしたのかチャラ男達はしまりの無いいらやしい笑みを浮かべる。
 「へ、何だジジイびびってんのー」
 いきがったセリフを最後まではかないうちにチャラ男Bの表情が凍りつく。
 凍りついたチャラ男の視線の先は、美頼がジュースを買った自販機の脇から伸びる路地に吸い込まれている。
 そこには路地にはふさわしくない人数の人間が立っていた。
 いや、それは人間と言ってよい物か。そこに立っていたモノたちの皮膚は大きくただれ、だらしなく開いた口には歯がろくに揃っていないものも多くいる。眼窩は大きく落ち窪み、濁った視点の定まらない眼球は左右の揃っていないどころか、両目ともないものもいる。全身から肉の腐った悪臭を撒き散らし、すでに服と呼ぶにはあまりにも酷いぼろきれをまといふらふらと歩くその姿はチャラ男達一般人の常識を大きく超えた異界の存在、そういわゆるリビングデッドーゾンビと呼ばれるものだった。
 先ほどの張り詰めた空気ーそれは辺りが異界に包まれた兆し。栗田達4人にはわかっても、一般人であるチャラ男二人の緩んだ日常に対応した緩んだ感覚には何一つ感じられない物だった。
 「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 その異様な姿に腰を抜かしへたり込むチャラ男達にゾンビが、今宵の夕餉とばかりに襲いかかろうとしたとき、征樹がその前に立ちふさがる。
 「こんな奴ら助ける必要も無いんだけどな、マハラギ!!」
 ゾンビたちを火炎魔法が嘗め尽くし、魔法を放った征樹の腕や顔には刺青に似た紋様が浮かび上がる。人修羅としての力を使った瞬間、師から下賜されたアミュレットの効果が切れたのだ。
 多くのゾンビたちはその炎により消し炭となるが耐え切ったモノたちが、征樹に肉薄する。いくら悪魔に近い体を手に入れたとは言え人間用の防具を装備できなくなった彼の肉体は、意外にも直接的な打撃に弱い。
 「危ない!」
 すかさず理人が槍で迫りくるモノをなぎ払う。
 来栖と会う以前からチームを組んでいたもの同士、御互い新たな力を手に入れたからと言ってそれまで育んでいたコンビネーションに乱れは生じない。
 「ふむ、ただのゾンビにしては少々手ごわいのう
 生き残ったと言うには少々語弊があるが、征樹の火炎魔法に耐えたゾンビたちは他のものに比べ、屈強な体つきをしており、あまつさえ銃器を携えた物もいる。栗田には判断はつかなかったが自衛官や軍人がゾンビ化したモノと言われる”ゾンビアーミー”と分類される悪魔だ。
 「ワシも本気を出すとするかの」
 その声と同時に彼の姿が胴が長く頭の黒い白い犬-魔獣イヌガミへと変貌する。
 「ワシの新しい力受けてみるがいい!」
 そういうと口から灼熱の炎を吐き出す。ただでさえ1度火炎魔法にさらされていたゾンビアーミーの体は、弱点である炎に2度耐えることは出来なかった。たちまち彼らの体は消し炭さえ遺さず消し飛んでしまう。
あれだけ路地にあふれかえっていたゾンビたちは物の数分も立たずに、臭いも残さず消え去ってしまった。
 「うん、うちが本気を出す相手でも無かったなぁ」
 と、美頼が辺りを見回すとすでにチャラ男達の姿は無かった。腰が抜けながらも戦闘のさなかに何とか逃げ出したのだろう。
 「もう少し詳しい話が聞きたかったんだけどな」
 残念そうにする理人を見て、「うちは嫌やで」と美頼は憤慨する。
 「容量の少なそうなあいつらにあれ以上の情報を求めるのは無理だろう」
 と言い放ち人間の姿となる征樹を見て、栗田が声をかける。
 「征樹、おぬし少々変わったのう」
 「そうですかね?そんなつもりは無いんですけど。まあ、今日はこの辺にしてもう帰りましょう。柏木さんも何か話を聞けてるといいんですが」

 すっかり日が沈んでしまった空を見上げ、征樹たちは学園へと歩き出す。
 火を吹く犬に変身する老人、炎を放つ魔人。彼らの姿を目撃してしまったチャラ男達により、また一つ都市伝説が生まれることだろう。

調査1日目 5

 ユウコを始め来栖、美頼、栗田、光人、理人、征樹、そして君尋と、いつもの生徒会室で皆が意見を交わす中、村上征樹は苛ついていた。
 今月の小遣いの半分の入った財布を落としたことに始まり、次々と自分にとって都合の悪いことが起きている気がする。
 どうしてこんなに癇に障ることが次々と起きる?
 生徒会の皆もずいぶんと人をからかってくるし、厄介な事件は起こるし、大体なんで僕がこうして街に出て情報収集しなければいけないんだ?いつもべらべらしゃべっている美頼に任せておけばいいじゃないのか?光人も美頼の止め役がいるとは言えどうして僕を美頼と一緒に行動させる?自分で止めればいいじゃないか!なんでもかんでも人任せにして!大体奴の考え方が気に入らない、なんでもかんでも規則規則と、規則を守っていれば満足なのか?生徒会長ですら守ってないことも多いじゃないか!そもそもなんで僕があんないいかげんな女の言うことを聞かなければならないんだ!?そもそもー。
 …ナニヲボクハコンナニモオコッテイルンダ。
 ふと、征樹は我に返る。
 いくら最近身の回りで変なことが立て続けにおきているとは言え、僕はこんなにも怒りっぽかったか?自分でも覚えの無い感情の起伏に征樹は驚く。
 以前はこんなことは無かった。
 美頼に声をかけていた男達に対してもそうだ。
 以前の自分なら肩に手をかけるようなことをしても、引き倒すような力を入れるようなことは無かったはずだ。
 ふと、征樹は思い当たる。わが身に宿ったマガタマのことを。
 身体だけでなく精神まで冒されている―そうとしか考えられない。
 いや、普段ならもっと早く気が付いているはずだ。
 モウスデニ人修羅デアルコトガ当然ニ成リダシテイル。
 そのことに気付いた征樹は不思議と何の感情も浮かばなかった。

 「…―き、征樹。マサキッ!!」
 乾いた音と頭に走る衝撃、そして自分を呼ぶ声のトリプルパンチに辺りを見渡すと、自分の後ろにはどこから出してきたのかハリセンを持ったユウコが仁王立ちしていた。
 「何ボーっとしてるのよ、せっかく皆で集めてきた情報をまとめているってのに!」
 そう言って頭にハリセンをぐりぐり押し付けてくる。
 押し付けられるハリセンをそのままに時計を見ると、そこで征樹は30分以上たっていることに初めて気が付く。
 「いくら美頼と一緒に動いて報告することが無いって言っても、意見の一つぐらい言いなさいよ、何のために図書委員やってるの、今こそその豊富な知識を生かすときでしょ!」
 結構無茶なことを言ってくるその理屈でいくなら、全ての図書館司書はその辺の教授より学識深くなっているはずだ。
 ホワイトボードを見るとすでに征樹が知っていることを含め多くのキーワードが並べられていた。
 ”センター街””香水の香り””シンナーの臭い””シリコン”
 このあたりは自分の聞き覚えの無い情報、来栖と光人が集めてきたものだ。さすがに直接の被害者に話を聞いただけあって情報が多い。
 ”美人””ゾンビ”
 こちらは自分たちが手に入れたものだ。時間をかけた割には量は少なめだ。代わりに具体性は高いようだ。
 何より聞き込みの間に出てきたゾンビの存在が大きい。ゾンビの残したわずかながらの遺留品は、彼らが最近ゾンビになったことを示すものだった。
 しかし、いくら失踪者、身元不明者の多い魔都東京だとしてもあんなに大量のゾンビが一箇所から一度にでてくるとは考えにくい。
 「やはり、この度失踪した人間がゾンビになった、しかもそれをまとめている者がいると考えたほうがよさそうだな。」
 考えたことをゆっくりと征樹が口に出す。そして続きを話そうとしたとき、
 「おそらく香水をつけた美人がそれにかかわっているのは間違いないだろうな」
 それを遮るように光人が口を開く。
 「…人が話しているところに横から口を出すのは感心しないな」
 少し苛ついたように征樹はテーブルをはさんで正面に座っている光人を見る。
 「すまない、悪気があったわけじゃないんだが」
 「人の話は落ち着いて聞けと教わる機会も無かったのか、残念な奴だな」
 「ずいぶんと突っかかる言い方をするじゃないか、征樹」

 普段冷静な光人にとっても今の言われ方はさすがに癇に障ったらしい。眉をしかめながら言い返す。
 「まあ、そう言う風に言ったからな。だいたい集めてきた情報も全て来栖の聞いてきた話じゃないか。優等生の光人君はただ待ってただけですか、ヨユーだな」
 「なんだと!」

 さすがにこれには光人も癇に障ったのか、勢い良く椅子から立ち上がり征樹を睨む。
 睨め付けられた征樹もゆっくりと立ち上がる。
 「やる気か? やってやるよ!!」
 征樹の目の色が人のものと違うものになったその時、
 「ちょ、ちょっと待ちぃや、二人とも」
 「どうしたの正樹君、ちょっとおかしいよ?」

 と美頼と来栖が止めに入る。が、征樹は聞く耳を持たない。
 征樹の変身が解けそうになるほど魔力が高まったその瞬間、
 「いいかげんにしなさいっ!!」
 突然雷が落ちる。 
 当然魔法的なものではなく、ごく一般的に使われる比ゆ表現としての「雷」だ。
 ユウコが立ち上がり、不動明王も逃げ出さんばかりの迫力で征樹を睨みつけてている。
 「ここをどこだと思ってるの征樹、人を挑発したいんだったらもっとよそでやんなさい!」
 この剣幕に征樹もさすがに肝を冷やしたようで、高ぶった魔力が収まっていく。
 「すいません、ちょっと頭を冷やしてきます。」
 頭が冷えバツが悪くなったのか、そのまま部屋を出て行く。
いつもと違うその様子を不安そうに見送る来栖が疑問をそのまま口にする。
 「ほんとにどうかしたのかな、正樹君」
 「たまってんじゃないの? オトコノコだしね」

 先ほどまで恐ろしい剣幕だったユウコがあきれたように、そして後半はいつもの様子で人をからかうようにニヤニヤしながらそう返す。
 「何が?」
 すると、きょとんとしながら美頼がユウコを覗き込と、覗き込まれたユウコはちょっと慌てたように多少目を泳がせながら答える。
 「…ストレス?」
 多少目を泳がせながらユウコが答えると美頼は笑いながら言い返す。
 「それやったらほとんど会長のせいや~」
 「なんですってぇ~! どの口が言うの、どの口が」

 そう言ってユウコが美頼につかみかかり、じゃれあう姿を横目に見ながら今まで黙っていた栗田が口を開く。
 「ゾンビと言えば知り合いからこういった話が流れてきたんじゃがの」
 栗田が前置きをしてから話し始める。
 「ラブホテルで清掃の仕事をしている者が見たと言うんじゃが、掃除に行ったら部屋中血まみれで、かじられた後の付いた男の手が残ってたそうじゃ。しかもそのかじられたあとが人の歯形のようじゃッたそうな。
 その知り合いも人づてに聞いた話ということで信憑性は高くは無いが、人を食らうゾンビが出たということを考えるとかかわりが無いとは考えにくいが」

 言い終えて、周りを見ると微妙な表情を浮かべているものがちらほらと。
 どうやら「ラブホテル」と言う単語に過剰に反応しているらしい。
 「ふむ、もう少し言葉を選ぶべきじゃったかの」
 「あ~、その、特殊なプレイの後だったとか言うオチじゃないでしょうね」

 微妙な空気をごまかそうと少々おちゃらけてユウコがツッコミを入れる。
 「んなことあるかいっ! 食い残しが有ったというし、ちゃんと警察にも届けたと言う話じゃったしの」
 栗田のもたらしたいろんな意味で衝撃的な情報に皆は考え込む。
 「…人食いか。なんだか大変なことになってきたな」
 「しかも学園内に限ったことじゃない、ずいぶんと大きな話になってきたな」

 いつものんきな理人までが難しい顔をし、光人も同じような顔をする。まあさすがにその辺は双子だからしょうがない。
 「でも、乗りかかった船だよ。私たちの友達も被害にあってるんだし、もうちょっとがんばってみようよ」
 「そやね、うちらがやらんで誰がやるの」

 沈みがちな男子に比べ女子はそれなりに前向きだ。特に来栖は自分の友人が被害にあったと言うこともありその思いは強いのだろう。美頼はいつもどおり能天気に答えているだけのようだが、彼女なりに何か考えがあるのかもしれない。
 「ほらほら、理人も光人も女子たちががんばろうとしてるんだから、もっとしゃんとしなさい。いくら草食系男子がはやりだからって、あんたたちまでがなること無いの」
 ユウコがそう言うと重苦しい空気に満ちていた生徒会室に笑いがあふれた。

調査1日目 6

 「…ちょっとおかしい、か」
 生徒会室から出た後戻ることも無く、征樹は図書館にきていた。
 すでに日も落ちて時刻は遅く来館者もおらず、紫の司書の人―征樹の師匠もすでに自室である司書室の奥に引っ込んで久しい。
 彼は一人、一冊の魔道書を読むわけでもなく、ただページをめくっていた。
 「ずいぶんと考え込んでいるようだね、村上クン」
 誰もいなかったはずの背後の席から掛けられた声に振り向くと、そこには金髪の紳士がテーブルで優雅に紅茶を飲んでいた。
 「ルイ・サイファー! どうしてここに!?」
 「いや、君が楽しんでる様子を肉眼で確認しにきたと言ったら?」
 「ふざけるな!!」

 感情の起伏に反応してか、アミュレットの効果が切れ征樹の身体に人修羅の証である紋様が浮かび上がる。
 と同時に彼の手元にあった魔道書をはじめ、手近に有る本が燃え上がる。征樹の感情にあわせて漏れ出した魔力は、征樹の意思を介さずともすでに炎の色を持ち出しているようだ。
 「ははは、良いね、実に良い。前の君には見られなかったその苛烈さ、実に良いよ」
 「馬鹿にするな!!」

 ルイ・サイファーのその軽妙な態度に感情を爆発させた征樹は、一気に術を編み上げ火炎魔法アギラオを金髪の青年に向かって放った。
 いや、放ったはずだった。
 練り上げた魔力が征樹の手から放たれそうになった瞬間、人修羅の身体は征樹の意思に反し動きが止まった。
 いや、人修羅の体が動きを止めたのではない。征樹本人の本能、人修羅のものとなった本能がすんでのところで魔術の行使を止めたのだ。
 ―恐怖。
 意識の根底から湧き上がってくる、根源的な恐怖。それを突然感じた本能が征樹の感情を超え彼の身体を止めた。
 体の動かない征樹に微笑みながら、ゆっくりと金髪の青年が椅子から腰をあげる。
 ―恐ろしい。
 ただ、席を立つ。人が日常的に行う動作をここまで恐ろしいと感じたことは今までなかった。
 ―アアアアアァァアアアアアァァァァアアアアアアアアァァァァァァアアアアアア―――――――
 どこからか叫び声が聞こえる。
 それが征樹自身の叫び声だと気が付いたのは、肺から全ての空気を搾り出しそれでもなお、叫び声をあげんとする肺がむさぼるように空気を吸い込んだため悲鳴が途切れたからだった。
 「落ち着いて、ゆっくりと呼吸をするんだ。そう、怯えることは何もないよ、村上クン」
 微笑み、やさしく頬をなでるその指の心地よさ。それに安らぎを覚えてしまう恐怖。
人を外れ、人修羅に、悪魔に近い身体になってはじめて解かる。彼がどのような存在かということを。
 手に入れたマガタマの力など、どれほどということもない。
 彼の存在を知っただけで「村上征樹」という存在自体が塩の柱となり崩れ去るほど、力の差は歴然としている。
 頬に触れる彼の指から逃れたい。いや、もっと安らぎを与えて欲しい。
 そんな相反する思いに身をよじろうとするが、瞬き一つ出来ない。彼から目をそらすことが出来ない。
 そんな征樹にルイ・サイファーはそっとささやく。
 「ずいぶんと怯えさせてしまったようだね、そんなつもりもなかったんだが。
そうだね、お詫びといっては何だが、今回の事件について一つヒントをあげよう。『マンイーター』を探したまえ。」

 気が付くと征樹は人の姿で床にへたり込んでいた。
 辺りを見渡してもルイ・サイファーの姿は見えない。目をそらすことも出来なかったはずなのに。
 全ては夢だったのか? 悪夢のあまり椅子から倒れこんでしまったのか。
 よろよろと立ち上がる征樹はテーブルの上で恐ろしい物を目の当たりにする。
 自分の放った魔力のために燃え上がったと思われる魔道書達が、灰から徐々に元の姿に戻っていっている。まるで、ビデオのまき戻しを見るかのように、ゆっくりとだが確実に。
 魔道書の復元が終わると図書館内は静寂に包まれる。まるで何事もなく。
 今までの出来事は征樹が一人魔道書を読んでいるうちに考えつかれて寝た合間に見た悪夢だったのか。
 ただ一つ違うのは、征樹が座っていた席の後のテーブルには、まだ暖かいティーセットが置かれているということだった。

調査2日目 1

 理人が珍しく早起きをし、教室に行くと先客が一人いた。
 理人自体は早起きをしようとしたわけではなく、昨日の晩は妙に寝付けなかったのだ。
 事件がおき、そのせいか征樹も兄ちゃんも妙に苛付いているようだ。
 事件のこと、仲間のこと、最近学園であったいろんなことを考えていると、どうにももやもやして寝るスイッチが入りきらなかった。
 眠りの浅いまま朝を迎えカーテンの隙間から差し込んでくる朝の光を浴びると完全に目がさめてしまい、そのまま寮にいても色々と考えもまとまらないので、気分を変えようと学校へやってきた。ここまで早く登校したのは蘆鳳堂へ入学して以来はじめてだ。
 その理人が驚いたのは、誰もいないと思っていた教室にすでに先客がいたことではなく、その先客が大島フランだったことだ。 昨日ことあるごとに彼女と目が合ったうえ、生徒会長にからかわれたせいか妙に気にしてしまう。
 教室の入り口で立ち尽くしているとフランが理人に気付き声をかけてくる。
 「あ、才羽君おはよう。どうしたのそんな所で」
 「ん、いや何でもないよ、おはよう大島」

 特別に可愛い子というわけではないが、意識してしまうせいか昨日より魅力的に見えてしまう。
 フランはと言うとそんな理人に恥ずかしそうにしながらも、何かを一生懸命にノートに書き込んでいる。
 自分の席につこうと、ふとフランのほうを見ると一生懸命机に向かっている姿勢に加え、お下げにしているため見えてしまう彼女のうなじが妙に美しく感じる。
 あー、俺ってうなじフェチだったっけな。
 自分の意外な感性にちょっとドギマギしてしまう。
 「…ずいぶんと早いんだな。」
 「才羽君こそ」
 「いや、俺はたまたま目が覚めただけで、こんなに早く来たの初めてだよ」
 「私は姉が朝早かったから」

 そういうと恥ずかしそうにしてまたノートのほうへ視線を戻してしまう。
 そんな風に一生懸命に書いているノートの中身が理人としてもさすがに気になり、悪いと思いながらも覗き込んでみると、ノートにはびっしりとアメコミ風のヒーローや怪人の顔が描かれなにやら英語で色々と注釈のような物が入れてある。
 「珍しいね、女の子なのにヒーローとか興味あるんだ」
 「ああっ!み、見ないでください!!」

 声をかけられ初めてずっと理人に見られていたことに気が付き、慌ててノートをかくす。
 「あ、ゴメン、見るつもりじゃなかったんだけど気になって」
 「ええっ!?」

 理人のその言葉に驚いたようにフランが反応する。理人としてはそのやや過剰な反応にそんなに変なこと言ったかなと思ってしまう。
 「気になって―って、いったい何が?」
 顔を赤らめたフランがおずおずと理人を見上げ聞いて来る。
 「いや、こんな早く教室に来て、何してるのかなって」
 「あぁ、そうですか、そうですよね。ノートのことですよね」

 安心したように、そして少し残念そうにフランが息を吐く。
 「ヒーローも好きですけど、それ以上にヒーロー映画に使われるSFX、特殊効果が大好きなんですよ。特に特殊メイクとかが。この世に本来存在しないものをいかにリアリティを持たせて造型する所とか」
 一旦口を開くと、転校して来てから、この数日のおどおどした様子がウソのようにはっきりとした様子で、どの映画の特殊効果が凄いとか、この映画で特殊効果を担当している人が他の映画でこんな特殊効果を担当していたとか、日本にも凄い人がいてハリウッドで活躍していたとか、最近はCGに押されちゃって、残念だとかなどと次々と語りだす。
 少々あっけに取られている理人に気付いて、
 「あう、女の子がこんなこと好きだなんて引いちゃいますよね」
 と、フランはしょぼんとうなだれる。
 「いいんじゃないかな、そういうの。夢に一生懸命になれるってのは」
 理人の一言にフランは驚き、やがて恥ずかしそうに笑顔を向け、
 「ありがとう」
 そのフランの素直な感謝と好きなことを認められたと言う晴れやかな笑顔に、理人はなんと返してよいかわからなってしまう。
 開け放たれた窓から初夏の香りが流れ込んでくる教室の中、そのまま見詰め合う二人。
 「おやおや、お二人さん仲のよろしいことで」
 その声に振り向くとそこにはクラスメートの佐藤が立ってニヤニヤしていた。
 「おっとゴメンな、じゃましたかな?」
 「邪魔って別にそんなわけじゃ」

 理人が佐藤の言葉を否定すると、彼は理人が机の上に置いていたケータイをひょいと取り上げ、「フランちゃんスマ~イル」と勝手にカメラ機能でフランの写真を撮る。
 「ほい、待ち受けにしておいたから」
 「ちょ、おまっ! ああっどうやって元に戻すんだよこれ!」

 返されたケータイの待ち受け画面には今撮ったばかりのきょとんとしたフランの顔が写っていた。今ひとつ自分のケータイを使いこなしていない理人としてはどうやって待ち受け画面の変更ができるかよくわからない。
 「まあまあ、デフォルトの待ち受けより、気になる子の方がよっぽど良いじゃないか、なあフランちゃん?」
 そう言って佐藤は面白そうに二人をからかう。からかわれた理人はむきなるが、当のフランはと言うと「あうあう」と声にならない声を上げ耳まで顔を真っ赤にしている。
 そんな中、次々とクラスメイトが登校し教室はいつものにぎやかさに包まれる。
 こんなようすで授業をまともに受けられるのだろうか。
 理人は自分のことをさておいて、フランの事を気にするのだった。

続く。

キャラクターイメージ

柏木来栖(かしわぎ くるす) 穂村美頼(ほむら みらい) 栗田(くりた)
四月の中旬と言う不思議な時期に蘆鳳堂学園に転校して来た少女。高校3年生 来栖の友人の少女。わりと不思議系。高校2年 蘆鳳堂学園の住み込みの管理員。拳法の達人と言うわけではない。
村上征樹(むらかみ まさき) 才羽光人(さいば らいと) 才羽理人(さいば りひと)
本の虫な図書委員。高校二年。 この度、人間辞めました。 理人の双子の兄。一般名金の人。弟と違い冷静。高校二年 光人の双子弟。一般名銀の人。結構熱血漢。高校二年
蘆鳳堂ユウコ
(あしほうどう ユウコ)
妹尾君尋(せのお きみひろ) なうぷりんてぃんぐ
なうぷりんてぃんぐ
蘆鳳堂学園高等部生徒会長。結構自己中。現在3年生 蘆鳳堂学園高等部副生徒会長。かなりぱしり。高校二年 なうぷりんてぃんぐ
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